富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

二月十四日(月)曇。旧正月休み終わり世の中一気に動き出し諸事に忙殺され晩に至る。帰宅途中にBar Seedに寄れば今日まで旧正月休みと思い出すが遅し。帰宅。新井一二三『中国語はおもしろい』一気に読む。著者とはもう廿年も前から面識あり。当時は著者は朝日新聞の仙台支局の記者。すでに中国留学の経験の随筆『チャイナホリック』だったか著書もあり。仙台で偶然にお会いしたのは当時バンド「阿Q」の取材。『大公報』なる機関誌を余が執筆編集しており、それをご覧になった彼女から深夜電話があり「面白い」と誉められる。ちなみにこの『大公報』は阿Qがプロデビューする頃に恰度89年の天安門事件あり誌名を『MOGE』と変更したが翌年だったか阿Q解散で廃刊に至る。で著者は新聞記者辞めカナダに移住。香港の雑誌『八十年代』から『九十年代』に毎月寄稿し好評得る。カナダと何度か手紙のやりとりあり彼女が92年くらいだったか香港に住むこととなりその後香港返還の直前の離港まで親しくお付き合いいただく。この本、題名がいかにも素人相手の中国語紹介本で、ぱらっと捲り恰度真ん中の第二章「中国語の技術」あたり読むと「なんだこれくらいか」と多少中国語の知識ある人なら読むに値せぬと思うかも知れぬ。終わりの第三章も当たり障りない中国語と中国社会に関する随筆。だが白眉は第一章。「中国語とは何か」というこの章に、特に53〜76頁はこの人でなければ理解しておらぬ、この人だから書ける真骨頂あり。
(1) 香港に住んで何を感じたかといへば香港が「社会不在の都市」といふこと。当時の香港は中国返還を前に中国に返還されることで香港社会のアイデンティティがどうなるかといふようなことが(特に日本の言論やマスコミでは)かなり話題になっていたが彼女はそれに対してこの香港には「小さな社会」がいくつもあるだけで(例えば地場の広東人社会、北角の福建人社会、英国人、カナダ帰りの香港人、インド人、多国籍企業、日本人駐在員社会、フィリピンなど出稼ぎ家政婦のコミュニティなどなど)その人たちに共通の言語がない、と指摘。しかも一人の人格のなかに土着の港人とカナダ帰りの自分が同居していたり。香港は精神分裂していること(日本社会については岸田秀がいちはやく指摘しているが)。
(2) 香港の広東語について。一概に広東語というが香港人が余所者の喋る広東語がちょっとズレているだけで全く理解できない、しないのに対してマカオの広東語が香港よりずっと広く他所者の話す広東語に対する寛容度、包容力がずっと高いと言う。御意。マカオや広州に行くと香港よりずっと広東語が判りやすく通じやすい。香港が閉じていたということ。
(3) 中国の民族観について。民族の定義が日本のように閉じていないこと。ここでの例が実に面白いが「暖簾」。日本の「のれん」はただひらひらとしるが字の如く「暖簾」とはテントの入り口の風よけの重たい緞帳のようなもの。北方の冷たい風を封ぎ猶且つ出入り可能なもの。中国人にとっての民族とはこの暖簾のように押せば入れる程度、と。御意。他民族の大陸中国の人にとってアイデンティティは多層構造なのが当たり前。言葉も地元の言葉で地場の社会があり普通話にスイッチすれば普遍的な中国社会となる。
実に的確な指摘多し。ところで香港では人気のエッセイストであった著者は96年の尖閣列島の領有問題での反日運動で「日本人だという理由でとばっちりを受け」連載を全て止めたばかりか日常生活でも障害ありマカオに避難したほど、と書いている。「日本人だという理由でとばっちり」というよりも、著者がそれに続いて述べているが香港市民が翌年の中国返還をまえにこの尖閣列島の問題で愛国熱が高まった事実があり、それを著者は「日本を侵略者という立場に置くことで、中国人の民族意識が高まり、結果的に中央政府への支持が確認されるという歴史的パターン」と指摘し、「中国ではない」香港だったはずが、そのあまりにも簡単に「中国人としての」にシフトしたことに、香港の社会なりアイデンティティの脆弱さがあるか、と著者は歯に衣を着せぬ指摘。これが誰かわかっていてもとても怖くていえぬ事で、それを言った、しかも日本人にそれを言われた、ということだった、と余はあの当時の顛末を理解。そのようなことなど考えながらドライマティーニ二杯飲みながら読了。それにしてもなぜ中国語=漢文を解す日本人がこうも減ったのか、と著者も言う。刈る茶センターなどで中国語習う人は増えているが、昔なら中国語を見て白文で老荘を読むとか唐詩を解す迄いかねども「だいたいこれ、こういう意味でしょう」と察するくらいできる人が多かったが今ではまるでアラビア語を見るような全くお手上げ感覚。確かに。余も漢文の素養も全くなかったが高校の頃から神保町で内山書店だの東方書店で何日か遅れた人民日報など手にとっては「なんとなく理解」し二十歳の頃に初めて香港に来た時も一年後に大陸を数ヶ月放浪した時も読むぶんにはあまり困らなかった記憶あり。ところでこの本で著者が強調した世界中どこへ行っても「中国料理はたいていおいしい」という断定はちょっと疑問。ときどきそう聞いてはいたが倫敦も巴里も紐育もフランクフルトもその都市で最も美味いという中華料理屋から中華街の屋台麺屋まで食したがけして美味とはいへず。夕餉に雑煮食す。文藝春秋三月号読む。体質としては保守反動右翼なのだけれど「あれ、こんな人が」といふ中道左派くらいの書き手もおり、それが全体の一割五分くらいか、と思うとけっこう日本社会的なバランスでもあったりして780円でこれだけ内容満載であればちょっと知的興味もあるオジサンの一ヶ月の暇つぶしには格好の雑誌だと改めて認識。それにしても福田和也が「天皇と皇太子 父子相克の宿命」で「皇太子の世代はいかにもひ弱い。反抗を知らず、高度成長の恵みを享受してきた息子世代の闘いは、展望を見出せない」なんて言い切ってしまっては……。「にもかかわらず、相克は不可避であり、そこからしか、象徴天皇制の限界を超えるような新しい皇室に姿は見えてこない」と結ぶが、何が言いたいのかよくわからず。それにしても芥川賞の安部和重『グランド・フィナーレ』読めぬ読者多かろう。余もその一人。少女偏愛というテーマ云々ぢゃなくて説明調の文体がいただけず。原武史『視覚化された帝国』残りの頁少しあり読了。これが書かれた01年で原は天皇制は安定期に入った、と結ぶが、それが僅か三年後の今のこの皇室内部で瓦解の如き様。岡留編集長の『噂の真相25年戦記』読み始めるがさすがに数時間の読書疲れで寝入る。
旧正月と週末で五日休刊の経済紙『信報』は新年で模様替え。多少レイアウトすっきりとするが驚くなかれ活字が小さくなる。日本の新聞が活字が大きくなり読みやすくなります!と改訂の毎に内容浅くなり文章悪文多く読みづらくなる。それに比べ字を多少小さくする英断。いぜんより老眼鏡必要な読者多いかも知れぬが頁数少し減ってコスト削減、環境保護
▼大阪で17歳の少年が母校の小学校で教師殺害。警備の安全が指摘されるが学校に比べれば学習塾など誰でも入れる環境。だが狙われるの場所は公教育の学校であること。取材するNHKの記者があきらかに動揺している。浅間山荘や三菱重工爆破にはなかった精神的動揺。学校の保護者も「他人事だと思っていたのにまさか」「この寝屋川でこんなことが」と。子どもを連れた親は「早く家に帰りたい」と家路急ぐ。その家も安全は保証されず。米国を「怖いわねぇ」と嗤っていた時代の懐かしさ。自衛が必要だがいい意味での自衛であり他者への蔑視や差別、短絡的に警察や軍への依存になることの怖さもあり。
▼500円硬貨偽造で「容疑者」が顔までテレビに映され名前も公表されている。法治社会?
ライブドアニッポン放送買収劇ではフジテレビ会長の日枝君は動揺隠せずライブドアの社長を「近代青年らしくない」と謎言で非難。「健全な日本の資本主義の発展のため」断乎戦うと(笑)。資本主義下の株式会社であるから様々な手段での株式取得しての会社買収があるのだが。この会長の言う近代青年とか望ましい日本の資本主義とは何なのか。フジサンケイの(経営者や主力の論説の現場の)知力の限界がここにあり。

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