富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十月三十一日(日)快晴。朝九時に陽明山荘(の前)に四名で集合し来週末のトレイル本番に向け最後の練習。A君らの精鋭チームも同じ場所で練習開始。ランニング中の馬友I君も集合場所に現れ久々に練習で八名も集ふ。ジャーディン山より大潭のダムを抜けリパルスベイの峠から双子山登って三時間かからず赤柱近くのウィルソントレイル始発点に到着。赤柱の海岸の小さな店でビール飲みバスで帰宅。十一月になろうといふのにまだ海が気持ちよきこの陽気に香港はやはりやめられぬ。ジム。夕方来週早々に帰国の近隣に住まうO氏夫妻と七歳のJ君来宅。ゆっくり時間とれずお別れに夕方のビールとバランタインの21年。J君の大人相手のなかなかの愛嬌。今朝トレイル一緒したO君が来週のトレイルの荷物Z嬢に預けるため持参して来宅。0君の息子も今は小学一年のJ君と去年まで幼稚園一緒とわかりO君は息子のT君を自宅から連れてきて拙宅に珍しく子供の歓声賑やか。皆さんお帰りになり焼魚で夕食。NHK特集で地方自治体が構造改革特区として地域復興に尽力中なる番組眺めれば国の政府の所轄や権限に対しての話で本来(石原都知事ぢゃないが)自治体といふのは自治体であるから自治する地方で何でもできるわけで外交や軍事といった国が為切ると限定されたことを除き自治権がある筈がこうして構造改革特区とでもならねば何もできぬのはつまり自治など行われておらぬからで構造改革特区など推進するより本来の自治=民主主義が何なのかを考えるほうが重要なのではなかろうか。
▼一昨日は米長騒動と佐藤忠男の映画『2046』の評にやはり朝日購読してよかったと感動したが今朝の朝刊は公明党取り上げ「もっと自分らしく」と聖教新聞ぢゃないのだから、とため息。「公明党創価学会の関係に不透明なものを感じている人は多い」だの「創価学会との関係をもっとオープンに」だの、と。公明党創価学会の関係など誰も不透明になど感じておらず。公明党創価学会の党であることは公明党の竹入君の言明待つまでもなく透明な事実で何を今更、で而も関係が不透明と言っておいて関係をオープンに、という注文こそ朝日の言いたいことが不透明(笑)。社説として主題に照らせば、公明党自民党の補完装置にならず公明党らしい党是を打ち出すことで創価学会以外の支持者も得て創価学会の党から脱皮して……とでも言うべきところなのだろうが、結局は「創価学会の党」といふ「事実」があるとわかっているから、そこまで公明党の成長を期待できず、が朝日の本音……ならば社説でまで公明党を取り上げる立場になかろうが。
米長邦雄名人の日記。やはり陛下に「強制はよくない」と言われた直後の「本当に素晴らしいお言葉をいただきありがとうございました」が自ら述べたことの陛下の苦言に対しての返答と思えば支離滅裂のようでいて実は本人は「近代の超克」モードなのは本日の日記読めば「掲示板への多くの書き込み有難うございます。読みきれないくらいありました。感動しました。感激しました。陛下をご尊敬申し上げている人達のなんと多いことか。お言葉の深さを本当に肝に汲みいるように受けとめている。数々の書き込みを拝見して、心がひとつであるという氣が致しました。胸を打つ書き込みが多く、重ねてお礼申し上げます」ともはや名人本人が陛下の苦言受けたことなど忘却の彼方、ただ国民が陛下への賛辞(つまり米長名人への非難なのだが)読み自らがどれだけ罵倒されようが陛下の評価高まることへのこの快楽。パンチドランカー。自ら加担する東京都の教育政策が国旗国歌の強制であることなど記憶にもなく政府見解として「強制ということではなく、喜んで自発的に掲揚したりするありさまが好ましい」の環境整備に都の教育委員として力尽くし後任者へバトンタッチしたいと述べる。やはりすでに違う世界に米長先生旅だつ。でこの米長騒動のあと名人は富山県にお出かけになっていたのだが富山の上平村なる鄙びた場所(明日十一月一日にこの村は南砺市となり廃村)で上平中学は生徒数26名ながら村長の大英断で全生徒を米国旅行させたそうだが名人に「米長先生、東京では卒業式に国旗を掲揚しない学校があるんですか」と尋ねらる。「富山県では小中学校全校掲揚している筈です。国歌を斉唱しない?えっ、起立しない人がいる?」と驚く富山の人。それを聞いて名人は「東京を変えて日本を変える。これが間違いだったのか」と達観し「心の東京革命は、先ず首都東京を改革してから全国発信しようという意氣込み」であり「文部科学省よりも先に進み、全国へ波及させる。井の中の蛙とはこのことか。日本には健全の自然と人間が共生している地方があるのをすっかり忘れておりました。驕っておりました」と自己批判。「東京を変えることは、発信ではなく着信だったのか。東京こそ変らなければならなかったのか。むしろ東京さえ変れば良いと言い切ってしまおう。多くの励ましをいただきました。東京は地方に負けないように努力致します」と米長名人はもはや誰も制馭できぬ「あの世」モード。富山の田舎など日の丸も君が代も何ら疑問なく茶の間には昭和天皇皇后両陛下の御真影あるのが珍しくもなき地方にて一昨日の園遊会にて単なる愛国名人から尊皇名人と化した米長先生はこの「自然な愛国心と皇室への愛着」此処に東京にはなき理想的な日本見いだす。ここから東京を変えよう、と。もはや都知事石原君も「とんでもないのを委員にしてしまった」と後悔だろうが石原自らが変人聚めた結果ゆへ誰も同情もせず。

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