富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

一月三十日(金)曇。気温は十六度と多少上がり湿度は80%と旧暦正月過ぎれば春に至るも確か不快ながらもこれも香港らしき重き曇天に湿り気多き朝迎える。かねてより気になるは地下鉄・上環站のホームにて利用せぬままの幽霊ホームがコンコースより現在の港島線ホームに下りる中間階にあり。ホーム端の隧道入り口煉瓦にて封印され帝都東京の地下鉄の謎の如し。旧知のU氏よりこの件につき富柏村は理由ご存じか?と尋ねられ上環站に電話にて確認すると港島線開通の当初から港島線の「何らかのかたちでの」延長計画(架空)あり、そのために将来見越してホームのみ建造との由。早晩にジムにて小一時間の有酸素運動。記者倶楽部。バーにて一週に溜りし新聞雑誌粗読。ドライマティーニを「ジンにてロックとしオリーブを」と注文。供されしは大粒のオリーブは良いが檸檬皮の捩れ(lemon peel twist)もグラスに浮かび唖然。ドライマティーニは olive OR twist? が常識であり、まぁ Olive & Twist といふ奇特のある客がいてもよいが、余はオリーブと敢えて注文の上でのこれ。ジムで運動しつつドライマティーニ一飲やたらに欲し久々にJimmy's Kitchenにてマティーニかと思いつつ便宜思えばと記者倶楽部にしての不運。二杯目より給仕にtwist入れぬよう念押。Z嬢に続き招飲のK氏、K嬢現れ、気がつけばドライマティーニもダブルで注文続き勘定で六杯分。飲みすぎ。樓上のダインに移り晩餐。歓談続き階下のジャズ酒場に三更までジャズの演奏堪能しつつ歓談呑酒続く。
▼昨晩観塘の公園に「たかだか」街鳩の一羽の死骸あるを住民「発見」し「警察に通報」。駆けつけた警官この鳩「禽流感に感染しての致死かと惧れ」「周囲四米封鎖し」「食物衛生署の係官を呼び死骸処理」と。キチガイ。この警官ばかりか社会が「愚か」といふ感染症に罹る。
イラク保有するといふ大量破壊兵器について英国政府による情報操作ありといふBBC報道に対し英国の独立司法調査委員会(ハットン卿)によりBBCの報道ミス指摘された件。BBCの首脳二名の辞任により政府全面勝利。首相ブレア君「BBCの独立性には敬意を払う。もうこの問題は終わらせよう」と余裕すらあり。このハットン報告どこまで中立客観かも怪しく当初より政府寄りなるは香港政府のSARS調査と同じ。蘋果日報に「蘋論」にて盧峯氏曰く「BBC有錯、英政府錯的更?害」とBBCにも問題あるが英政府の問題は更にひどい、と指摘。御意。皇太子妃の交通事故が皇太子によって仕組まれた、と、それが醜聞に非ず操作対象にされるほどのお国柄、耽る秘匿に美学もあり、政府の情報操作など自家薬籠中之物。
河上肇の「自叙伝」滅法面白い、と築地のH君。ブルジョア経済学者として出発し廿代には怪しげな新興宗教に入信したりもするが動機は常に糞真面目に一本槍。京都帝国大学経済学部教授となり三十過ぎて社会主義に接近し「貧乏物語」で一発ベストセラー、印税生活で紀州の海辺の高級旅館で一ヶ月も「転地療養」したりもする。やがてカウツキーの翻訳などを経て「資本論」の研究に没頭、五十歳過ぎてついにマルクス主義者としての自覚を獲得するに至り無産政党の支援やマルクス主義宣伝の筆禍事件などを通じてついに京大を辞職。いとも簡単に職を辞して一共産主義者としての活動に入り、やがて共産党員として一斉検挙され入獄5年。非転向のまま出獄して、先日引用せしが如き内容の日記。H君見るにどうも河上肇は「学者バカ」といった風情のある人で当時の右派や主流派ジャーナリズムからもなんとなく稚気愛すべき人物として処遇。本人が紹介もする、逮捕後に出た河上評は、天下の国賊たる共産主義者の首魁に対するにしてはいやに生あったかいのも「河上博士は真面目な人だから融通がきかなくてしょうがない」といったような鷹揚な視線とH君。で、出獄後の河上肇。印税なんかもはやあるわけもなく定職もなし。どうやって糊口しのいでいたかというと、どうも支援者多きもやはりお人柄ゆえ。河上肇、なんとなく現代では評価低き感もあり。「人柄がいいだけの単なる人道主義マルクス主義学者」の如き位置付け。共産党もあんまりとりあげず。H君曰く今にして思えば「戦前戦中の身の処し方は見事、見習うべき」と。世界の現状ではどうも関心が「どうやってこういう時代をやり過ごすか」になるを得ず、その世では河上肇的革命的処世術も有効か。そこで敢えてこれを「主義」とはせず河上肇をば家元する「河上流」といふのは如何か?とH君に進言。
▼ところで。「黒タートル知識人」界に加藤周一の衣鉢を継ぐ大型新人が登場、と築地のH君より。東大法学部の藤原帰一教授(政治学)。学者のファッションといへば小熊英二先生、マイケルジャクソン似(こちら)であるが先日の大佛次郎論壇賞の受賞記念の写真には一驚。平山郁夫「画伯」や丸谷才一先生らと並び「紅白歌合戦での中村雅俊『ふれあい』歌う」の如き「場所に似合わぬ」だからこそ燦然と目立つ、茶色のタートルネックに同系濃色のパンツ、でマイケル似のお顔立ちにトレードマークの長髪。もやや人徳の域。