富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十二月廿日(土)晴。朝の気温摂氏九度まで下がると予報のところ十一度ながら香港にては極寒。毛糸帽、マフラーに手袋といった防寒服の市民多し。土曜だといふのに年末までに済ますべき諸事あり。午後九龍に有事。競馬の予想もできず馬主C氏の多利高並びに好利高揃って同レースに参戦ゆえ馬券買うが両馬とも着外に甘んず。巷には聖誕祭祝ふ異教の民多し。銅鑼灣の家具商池屋に家具取付けの小さな金具購ひに参れば池屋店内には展示の調度家具に遊び暖をとる家族多し。帰宅して鶏腿肉のシチュー食し葡萄酒Chateau Chemin Royal 99飲む。この時期市井には浮かる者多く買物すれば店員誰彼構わずメリークリスマスと宣ひ料理屋に入らば暴利貪る聖誕祭の特別メニューあり自宅に食すに限るべし。シュタルケルのチェロでドヴォルザアクのチェロ協奏曲聴く。
イラク(もはや「井落」か)にてサッダム、フセイン君生捕りにされれば次なる米国が標敵は利比亜のガダフィ大佐なり。今にして思えば冷戦の時代、米国は共産国家敵としつつ今のイスラム家相手ほどの強硬手段には出ず、ある面ではソ連玖馬など放置状態。21世紀のこの米国の覇権主義が冷戦終結さえた上での独善といふ捉え方も可能だが、寧ろ重要なることは社会主義だの共産主義だの敵といふにも烏滸がましき虚体、それに対してイスラムは米国の彼らにしてみれば本当に潰しておかねばならぬと信じずにはおれぬほど畏れ多き実体であるといふこと。イスラムに対する必要以上の畏怖。同じ欧州でもフランスなどイスラムに対する許容度あり英国はやはり歴史的にもイスラム化したことなき点が米国に追従する由か。
▼作家米谷ふみ子女史はイラクへの自衛隊派遣を「この自衛隊派遣は憲法を改めるための口実である」と断言し「泥沼に足を突っ込んだ」日本を憂ひ米国史専門の猿谷要氏は「ローマ帝国大英帝国などかつて歴史上に覇をとなえた国はみな他の国から愛されなくなって衰亡への道を歩んだ」のであり「アメリカが確実に衰退への第一歩を踏み出しているように見えてならない」と言い切る。世界は何処へ。
▼日本では今年春の卒業式にて全國の三萬七千餘の公立小中高校全校にて國旗掲揚。天晴れ。それでこそ公教育。文部省曰く「教委の取り組みが進んだり、國旗國歌への理解が深まった結果」と指摘。教委の取り組みが進んだのは國旗掲揚せぬことが處分につながる體制が出來たからの由、進んだのは政府文部省の強制、日本國民に國旗國歌への理解が深まったなど笑止千萬、單に國民は思考停止状態ゆえ何を強制されようが叛應せぬだけか。己も含め何も誇るもの、賞め讃えるものなき世ゆえ國家といふ共同幻想に身を委ねるだけの話。ちなみに東京都教委は國歌について國歌齊唱はピアノで伴奏することなど含め實施指針を提示したそうだが何故に我が國の國歌をばピアノなる泰西の樂噐にて演奏を強要するか。植民地主義。我が國の傳統と文化を謳うのなら我が國古來の樂噐にて演奏すべき……なんてね。所詮、黒田節程度の薩長の田舎歌に戯れ(ざれ)の恋歌をば載せた節を明治政府のお傭い西洋人が洋樂風に編んだのが君が代。その時點で我が國の眞っ當なる傳統と文化よりかなり傾(かぶ)いた樂曲。ピアノ伴奏は實はそういった史實に忠實かも知れぬ。いずれにせよこの「君が代」は日本語解さぬ者の戯作ゆへ「きぃいみぃいがぁあああよぉおおおわぁーあちぃいよぉおおおにやぁあちぃいよぉおにぃい」などといふ日本語の美しき音節(きみがよわー、ちよにやちよにー)すら臺無しにした駄曲と化したのであり、本當に我が國の文化なり大切に、と宣ふのがときの首相、政治家の役割なら(そんなのが役割ぢゃないのだが)憲法だの教育基本法の改訂のまえに「あの」我が國古來の文化傳統に則さぬ「君が代」なる「押しつけ國歌」(笑)をば、せめて節まわしだけでもどうにかしようと感じぬか。國を愛する心などと口にする者にかぎって實は傳統も文化も理解しておらず。
▼新宿のL君より。伊蘭人にて同性愛者のシェイダさんなる御仁祖国にては同性愛者ゆへ死刑になる惧れあり日本にて難民申請するが受理されず不法滞在にて強制収容所に入れられ伊蘭に強制送還されるを不服として上告。結審を控えそのシェイダ氏の最終意見陳述をL君より送られる。
1 尊敬すべき裁判所の皆様、ここにお集まり下さった皆様に、ご挨拶申し上げます。
2 3年を越える歳月を、私は待ち続けました。そしてついに、裁判官のご判断をうかがうことができる日が、やってこようとしています。この長きにわたった年月の 間、私の祖国、イラン・イスラーム共和国の体制、人間をうち砕き、死に至らしめる機械のようなその体制には、いささかの改革も見出すことはできませんでした。
3 裁判長殿。私たちが生きるこの時代には、人権に関わる問題は、いつも政治的な思惑によって、様々な圧力をかけられてしまいます。真実は、現在世界を動かしている政治権力に都合のよいことしか明らかにされず、人々に知らされることはありません。人権に関わる問題は、既成のものの考え方を揺るがさない限りにおいてしか、正当なものとして扱われません。さらに、人々の心が既成のものの見方、考え方に捉え られ、それを当然のものとして受け入れていることが、このような現代世界の政治の ありかたを、さらに強固なものとしています。世界の国々は、人権のためと称して、 豪華なホテルの洒落た部屋の中で会議を開いています。しかし、そこで彼らがやって いるのは、人権問題の重さを自国の経済的・政治的利益に都合がよいように変更し、第三世界と名づけて作り上げられた地獄がどれほど人権を遵守しているのか、高みから点数をつけることだけなのです。
4 裁判長殿。イランでは、同性愛者たちが生きてゆくことのできる環境は、法的にも、社会的にも、これまで存在したことはありませんでしたし、今もなお、存在しません。日本の法務省はその書面で、テヘランにある「ダーネシュジュー公園」という公園について、「イランの同性愛者たちが集まる場所だ」と指摘しましたが、いまやこの公園は、イスラーム寺院の公園へと変えられようとしています。それ以前にも、この公園は、同性愛者ではなく、イスラーム革命防衛隊、革命委員会の兵士たちが集まる場所でした。イランにある、ほかの大きな公園でも、今ではイスラーム寺院が建設されつつあります。
5 裁判長殿。同性愛者を処刑する法律は、私たちイランの同性愛者たちの首に押しつけられた刃であり、私たちは、毎秒のように、その刃が今にもこのうなじに振り下ろされるのではないかと怯えながら生きてゆくことを強いられています。同性愛者たちが健全に生活をすることができる環境はまったく存在せず、社会は同性愛者たちと向き合い、話しあおうという意志も持ちません。もっとも近しい人たちにすら、私が誰で、どのように感じているのかを、うち明けることが出来ないのです。このような場所で生きている私たちに対して、なぜあなた方は言うことができるのですか、イラン人同性愛者は、難民ではない、と。
6 裁判長殿。イランのイスラーム体制に対する抵抗組織で活動するということは、拷問と死刑の危険にさらされるということを意味します。何千人という政治犯が大量虐殺されているのをご覧になれば、それはすぐにおわかりになるでしょう。よろしければ、あなたご自身でイランにいらしてみて下さい。あの国に入国したまさにその瞬間、おわかりになるはずです。イランでは、不安を抱くことなく、ただ気楽に通りを歩くということすらできません。イスラーム革命防衛隊、風紀監視隊、民衆動員軍、警察、革命警備隊などが絶えずパトロールしており、イランをまるで巨大な牢獄のようにしているのです。まさにそれは、サルバドール・ダリが描いた、空想の城壁のようです。どんな場所でも、ちょっとした片隅にさえも、牢獄の壁があり、看守が立っています。そして、個人の生活のもっとも些細な部分にさえ、介入してこようとするのです。
7 裁判長殿。1951年に発せられた難民条約の第1条で、難民は、次のような人間であると定義されています。「[難民とは、]人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員であること、および政治的意見により、十分に理由のある迫害の恐れを有するため、国籍国の外におり、国籍国の保護を受けることができない、もしくは保護を受けることを望まない者である。」この条項に従えば、同性愛者であり、そしてイラン人の同性愛者人権擁護団体「ホーマン:イラン同性愛者人権擁護グループ」の活動家である私は、難民に他なりません。難民として認められることは、私の権利なのです。
8 裁判長殿。誰でも人間であるなら、生まれながらに人を愛し、自分の意志に従って生きる権利を持ち、そのすべをそれぞれの人生の中で、自然に学んでゆくものです。しかし私は、母国において、この人間の基本的な権利さえ与えられず、どのように愛し、生きればよいのかを、考えることさえも許されていませんでした。私は願っています、裁判所の判決が、恐怖も不安もなく、自由に生き、自由に愛することを学ぶ権利を、私に与えて下さることを。私は願っています、私の裁判の判決が、未来のための第一歩となることを。その未来とは、あらゆる人が、誰に対しても、どのような場所においても、愛する人が欲しいと思う花を贈ることができるような未来。花を贈られた人が、世界のどこにいようと、微笑んでお礼を言うことができるような未来。そして、その時、その微笑は、その人の一番美しい微笑であるという、そのような未来です。自らの意志によって生き方を決めることができ、投獄や死の恐怖に怯えることもない、そのような未来です。
9 私が今日ここで最後の意見陳述をする時間を与えて下さったことに、心より感謝いたします。そして、ここに集まって下さった方々、私の話に耳を傾けて下さったことに、心よりお礼申し上げます。(原文ペルシア語)
……世の中には様々な差別、蔑視と偏見あり。日本政府にしれみれば「面倒な……伊蘭に還りたくなければ仏蘭西なり和蘭陀なりアンタを受け入れてくれる国に行けばよろし」といふところ。ただでさへ難民など受入れるが面倒のところ、こんなのまで、といふのが本音か。本来の国際貢献なり、首相小泉三世の謳った憲法の前文に則せば、かふいった難民受け入れてこそ饒かな国家。それを等閑にして米国のイラク征伐などにのみ荷担して何が国際社会で責任ある地位だろか笑止千萬。