富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十一月廿六日(水)昨晩遅く山崎俊夫作品集(上)読了。続けて中巻巻頭の『雛僧』読むが大正五年に此の掲載が原因にて『三田文学』が発行停止処分になったといふが当世で読めば多少猟奇的なばかり。当時はこれが未だ空想の世界ながら十年後には現実となり当世では不思議でもなしとは。ふと気になり同じ山崎俊夫の遺稿集(補巻一)にある「荷風挽歌」読む。山崎俊夫は昭和34年の荷風逝去を新聞の夕刊で知った時に荷風の臨終の惨さから『珊瑚集』を開き巻頭のボオドレエルの「死のよろこび」なる詩を読み直す。
蝸牛匍ひまはる粘りて湿りし土の上に
底いと深き穴をうがたん。泰然として、
われ其処に老いさらぼひし骨を横たへ、
水底に鱶の沈む如忘却(ごとわすれ)の淵に眠るべう。
……と。まさに「先生のもっとも望んでいられた境地」と山崎。で山崎氏の荷風先生の追憶が語られるのだが山崎は慶應の塾生であった当時『三田文学』に寄稿し荷風の面識を得、荷風慶應でのフランス文学の講義三年に亘り受講するのだが何と学生はたったの二人! 羨ましき限り。その後山崎と荷風は疎遠となるが『墨東綺譚』朝日に連載されし当時(ちょうど余が断腸亭日剰にて読み返す昭和12年の頃のこと)山崎は松竹の少女歌劇といふ雑誌の編輯に携り松竹の文芸部長であった安東英男の紹介にて銀座の金春通りの喫茶店きゅうべるに参れば荷風先生いらっしゃると知り二三度足を運ぶが会えず偶然に富士アイスにて先生に遭ふと(荷風先生は不二アイス店とも書くが此処が教文館の地下に在ったことを山崎の記述で余はようやく識る)荷風は山崎に「さびしいですね。『童貞』の作者がこんなに禿ちゃって。ご覧なさい。わたしなどはまだこんなにふさうふさしていますぜ」と還暦の荷風。話は飛ぶが荷風の告別式の朝に京成電車の八幡の駅で山崎は堀口大学に遭ひ「さびしいですね」と声をかけると大学先生は黙って肯定き、佐藤春夫の車にすれ違い黙礼。荷風の最も優秀な学生であった大学と春夫の二人に会えてよかった、と山崎らしい遠慮さで、最後に再びボオドレエルの
送る太鼓も楽もなき柩の車は
わが心の中をねりゆきて……
荷風挽歌は終る。ところで偶然、このボオドレエルの「死のよろこび」の荷風訳を網上にて検索して余丁町散人なる方のサイトに辿りつく(こちら)。趣味人とはこういふ人を指すのであろう。昨日の発熱おさまるが咳だの流感の症状ひどく朝、近所のC医師の診断請い終日臥床す。休養すべきところいつも以上に読書だのと意気込むこと憚れ診療所にて供されたる咳止めシロップ「ほんの少し」多めに飲み睡眠図るが午前のラジオのニュースにて昨晩中国より入境の29歳日本人男子発熱著しくSARSの疑いありバプテスト病院に一旦収容されエリザベス病院に移送し検査中とか。一瞬、日刊ベリタに送稿とも思うがSARSの心配よかこの収容されし「容疑者」SARSと疑われたるだけにて今後の大騒ぎの渦中に巻込まれるかも知れぬ不安にどれだけ苦悩するかと察すれば疫禍をばまるで期待するかの如き余計なことに携らぬべきと感ず。続報によれば大連より香港に空路到着の方だそうで現在発熱はなく胸部X線に影あるがSARSの可能性低いと衛生署高官。かなり信頼できる筋の方が「感染せず、に3000パタカ」と。ちなみに英語ラジオはRTHKの中波ながらwww.rthk.org.hkのオンラインラジオではステレオ放送され、寝室にても屋内のワイヤレスでnotebookで聴取可、それをBOSEのWave Radio/CDで聴けば音質じゅうぶんといふ次第、便利快適なる環境。午後になりこの「容疑者」氏シロと判明。それにしても熱があるだけでSARS感染者かと詮議され隔離され……とまことに容疑者も不憫であるし恐ろしき世の中。熱があることはアルカイダ以上の犯罪的行為?となりつ。高熱があります、といふことは最大の武器なり。この日本人SARS感染の疑い、見たかぎりNNAが香港電で伝えたのみ。2chあたりなら、さしずめ「中国政府が大連で日本人にSARSウイルス投与して香港に」とかの推測となるのだろうか。調薬効いたか夕方には咳と鼻水も治り但し薬の所為で朦朧。カレーライス食し競馬中継少し見る。
▼仙台弁の「がおる」につき余は「驚く」と書いたが仙臺生れの生っ粋の仙臺人の友人より「がおる」は驚くより肉体的あるいは精神的に「くたびれる」「疲れて元気がない」という感じで「なんか内部で支えてたものが崩れるような感覚」と指摘あり。それで村上君の挙げた「我折る」がピンとくると。なるほど。余の仙臺弁はかなり阿Qといふ曾て存在したバンドのTaraco君らの影響あり、よく何か悪戯した際の「がおったや〜ぁ」という用法が驚きの際かと思っていたが、あれは「えらいことになった。こらたまらん」というニュアンスでやはり「がおる」と。仙台時代に余はずっと「驚いた」で「がおった」用いていたが「えらいことになったっちゃ」の意味なら余り誤解もなく受け取られていたのであろう。
蘋果日報が星港の海峡時報から伝えるは北京政府にて香港行政主管する副総理・曽慶紅君、香港の区議会選挙前に400議席のち民建聯に対して確実なところ最低90議席議席確保を期待、と。それが60余といふまさかの不振に北京政府も香港管治につき再考要すところ。ちなみに董建華君の支持率は香港大学の調査によると43.6%と「予想よりそれでも高い」が、選挙で董建華に投票すると答えた者は17%に過ぎず、つまりいかに董建華が支持されておらず、だが現在の北京指導の行政にては董建華以外首班となっても画期的なる改革期待できぬという消極的なるがゆえの43.6%と理解すべき。
▼マイケル、ジャクソン君の今回の童禍に関する窪塚的に言えばクソテキトーなマスコミに対しての公式反論サイトはこちら。まぁ「クロ」だろうがマイケル君はもはや肌白。