富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十一月十日(月)曇。真面目な会合のあと日本語堪能なある女性に日本のドラマ見ていてどうしてもわからぬ台詞あり、と尋ねられる。周囲に数名、日本語解す香港人おる中でのこと。彼女曰く、シャワー浴びる場面で「シャワーできません」と聞こえ英語の字幕は“Please take a shower first”だといふ。シャワーなら動詞は「浴びる」であろうから「シャワーを浴びません」の聞き間違えでないかと質したが、彼女曰くそれぢゃ字幕の英語と意味が全く違う、と。確かに。で、いったい何のドラマなの?と尋ねたら『失楽園』で黒木瞳の台詞だ、と(笑)。なーんだ、それを先に言え。『失楽園』は見てもおらぬが「それならきっと黒木瞳が「シャワー浴びてきません?」って言ったんでしょう、「浴びてきません」が「できません」に聞こえたのでは」に間違いなしと余は答える。質問した女性も周囲の者も「なるほど、それならわかる」と合点し、それで終わればまだしも余は「つまり」“Shall we take a shower before...”とメモに書いてしまって、言葉に詰まる。質問した女性はだいたい『失楽園』を教科書に質問してくるくらいだから余り何も考えてないのだが、隣にいた男性が機転きかして「あ、そういえば僕もわからない言い方があって……」と質問逸らし事なきを得る。
▼ここ数ヶ月、月刊『文藝春秋』を読む。この雑誌にとっていったい何が評価すべき対象で何が罵声浴びせる対象なのか、その節操のなさがよくわからぬまま。徳川の殿様の末裔や天才(12月号の特集)、皇室と親日的な台湾とかは親近感あり。結局、自分にないものをもつ者に憧れ自分に優しくしれくれる者には甘える少年の純粋な心「がそのまま大人になってしまったから困ったもの」なのだろうか。子どもの頃に文藝春秋は大人が読む雑誌と思っていたが。「私が選んだベストブランド」なる有名人が自分のお気に入りのブランド紹介する、記事のようで実は広告協賛の提灯企画なのだが(情けなし)、シェフ三國清三高麗屋、秋本康、こぶ平三浦雄一郎阿木燿子東儀秀樹と確かに「いかにも自立しているようでいてスポンサーないとやってけない人たち」の見本のような方々が商品宣伝、でやっぱり読んで一番「うーん」と思えるのは長嶋茂雄。やっぱり天才。他の人が当たり障りのないどうでもいい出来合のコメントのなかミスターだけは断トツ。当然ミスターは松井のJALに対抗するANAのイメージキャラクターでミスターが選ぶブランドも全日空。いつもANAのファーストを利用するといふミスター曰くANAのファーストは「広くゆったりしていて、愉快な時間を過ごせるバーカウンター」ってそりゃミスター搭乗してたら乗務員も愉快だろうがその「バーカウンターへも上体をストレッチしながら行けるんですよ」って何のこっちゃ。別にバーカウンターぢゃなくてもトイレでもたた通路歩くだけでも座席に座っていても上体のストレッチは可。機内で上体をストレッチしながらバーに向かうミスターみたら搭乗客はそりゃ愉快。「シートでの楽しみは映画」だそうで紐育便で往復路とも見て感動して泣いたのが壬生義士伝。壬生といふ字が読めたかどうか、などと失礼なこと言うべからず。で「泣くと疲れるんですね」って機内で映画見て疲れるほど泣いたのか……「それで大好きな寄席を聴いてリラックス」したそうだが、当然「寄席を聴く」なんて言葉は長嶋語以外の何ものでもなし(笑)。いいなぁ、ミスター、やっぱり。でANAのファーストの宣伝で「非常にワイドなベットにもなる」シートを賞めるのだが「そのフォルムが球形のセル状で、まさにゆりかご」って、ミスターが「フォルムが球形のセル状」なんて説明するわけがなし。さすずめ「うーん、スパイクの中にスライディングした感じですかねぇ」とかなら長嶋っぽいのに。
▼結局、昨日の衆議院選挙は、何も変わってないどころか、民主党の躍進が自民を追いつめるどころか社民共産に打撃与えることに役だった、といふ、中道リベラルらしきもの掲げる民主党が実は自民党が最も敵としてきたはずの左翼陣営を一掃した記念すべき選挙。今回の選挙は55年体制で成立した自社体制が崩れてからの十年で漸く日本に本格的な政権獲得可能な二大政党政治が到来のように言われ、民主党の177議席が野党が過去最高を記録した55年の社会党議席数上回ると讃えられる。しかし留意しておくべきことは55年のこの総選挙でも日本の二大政党制が期待されたこと。55年は当時まだ革命路線をとる共産党はわずか1議席!でその後市民政党目指し議席を40台にまで増やしたのだが下降線をたどり昨日の選挙での急減も意味深。今日の民主党はまさに当時の左右両派統一された(統一は数の上だけで理論上、政策上は統合されておらずの)社会党そのもの。風前の灯火の社民党は55年当時は(まだ万年野党化する前)浅沼書記長のもと現実的政策も打ち出し、今でいえばマニフェスト。それが「当時の」55年体制。それが結局自民党の政権維持が続き80年代ともなると55年体制が日本の政治の弊害のように言われたこと。つまり政治の言説などいくらでも意味は変わるわけ。つまり「変わった」などと評価される点は全くなく、このままいけば下手すると悪い意味での55年体制の再来になりかねず。そうならぬためには、例えば、どうせここまで社民共産を潰すならば、同じ潰すでも、社共が全国で得た「死に票」を思えば、そして自民公明の余りに議席確保のためだけの政治理念もなき野合に対抗するなら、せめて民主党が社共に政策協定でも結び地方区では社共の候補者擁立見送りでの民主党支持、そのかわり比例区での革新票結集での社共独自候補の議席維持くらいせねばなるまひに。そうでもしけければ、これであと10年も民主党が野党であれば、のちの世から平成15年体制などと罵倒されることも避けられず。
▼数日前の蘋果日報に紹介された「日式」料理店のお勧めメニューは信州魚巻麺(写真)。信州で蕎麦は納得するが茹でた蕎麦を蕎麦汁に浸け、それを白身魚で巻くという奇妙奇天烈な郷土料理。本当にこんなものが信州にあるのか……と、あるわけないと信じたいが、しかも記事によるとこの魚は香港でよく食す石班、日本では「ハタ」と呼ばれるスズキ目ハタ科ハタ亜科の学名Serraninae、西ではマスまたはアラと呼ばれるシーバス(Sea Bass)やガルーパ(Grouper)のことである。信州でまさか南洋の深海魚・石班は料理に使うまひ。百歩譲って信州ゆえ淡水魚で確かに諏訪湖で大量繁殖が問題になっているブラックバスも獲れるゆえバスを使った料理か……などとも想像するが、まさか。しかも、この奇妙な信州の郷土料理は、この日式料理屋の経営者である板前氏が友人からようやく伝授された料理だそうで、なんとその友人はこの料理を日本料理界で最も名の知れた料理人・土井勝先生から伝授された土井先生の創作料理だそうな。土井先生も鬼籍に入られば誰もその事実を否定できず……まさか香港で土井先生の信州魚巻麺が現れようとは。