富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十月朔日(水)国慶節。朝早くホテル出でメトロにてリヨン站に向かい停車場プラツトホームに面したカフヱにてクロワサンとカフヱオレの朝食。TGV列車の雄壮なる車両並ぶなか古めかしき客車が八時廿七分発のMontargis-Sens行き。リヨン站を出でてすぐ列車の揺れに十五分ほど微睡し目を覚ませば周囲はすでに林と農地の広がる平野。小一時間揺れFontainebleau-Avon站に着く。小雨降る中バスでFontainebleau離宮(写真)。雨ひどくなり参観客少なきは幸いながら宮中暗く殿上の王侯貴族も召使ももおらぬ主不在の宮殿に静寂と隔世の感あり。雨ひどく本来は自転車借りBarbizonの村まで林抜けるはずがこの雨では致し方なく站に戻り昼の列車にて巴里に戻る。リヨン駅に着き駅前料理屋のTaverne de Maitre Kanterなる独逸料理供する店に入りKarterbrauなる麦酒飲み腸詰だの豚煮、温野菜食す。Z嬢とかなりある一人前を一半する食事続くが大皿の腸詰だの骨付き肉をば一人でペロリと平らげるご婦人だの蟹、牡蠣、ムール貝といった海鮮山盛りとなったplatterをばやはり一人頬張る老紳士だのこの人たちの胃袋に感心するばかり。雨歇む。メトロにてSt-Sebastien Froissartに向かいピカソ美術館。余の愚才にはピカソの絵など理解できず。ただピカソの素描など見ればこの画家がいかに基本押え通常の絵画など十分に画ける才能を以てしてあの世界に入ったことが十分に納得できるわけで今回初めて見たのは1910年代にまだ30歳にならぬ若きピカソと巴里で親交厚き作家Max Jacobをピカソが描いた簡単なクレパスの黒い線だけのJacobの肖像画にて、無駄な線もなければ1mmまで的確に耳、鼻、口の輪郭描き、素晴らしきこと余の乏しき文言にては表せもせず。Pompidou Centreまで参りZ嬢と別れ裏町を散歩。ForumのFnacにてまさか巴里では使うまひと持参せずのUSB挿入型の小型メモリ128mbなど購い夕方ホテルに戻る。このメモリあらばこの日剰もメモリに謄して歩けば何処ぞのPCにても上網可にてnotebook持ち歩く手間もなし。早晩にホテル出でRER3の地下鉄道にてPont-de l'almaに至りセイヌ川渡り閑静なJean Goujon街歩きグランパレ近くの巴里記者倶楽部の酒場にて麦酒一飲、Z嬢十月に入りムール貝など海鮮を所望し近くのジョルジュ五世通りの海鮮料理屋 Marius et Janette に参ればすでに予約で満席乍ら街頭に面した屋外であれば幸い雨も上がり如何と勧められる儘に白葡萄酒はSanccere、小ぶりのムール貝は牛酪のソースが多少鹹いが格別、Pelite Pacheなる白身魚の料理もまた好し、甘味のショコラも絶品にてこの上なき満足。Z嬢曰くこの店の味もさることながら給仕らの「蛇を売ったりこつらいもせず」といったい何かと思えば「媚を売ったり諛(へつら)いもせず」の誤りに大笑い。セイヌ川の上に半月も美しく(写真、手前はDebillyの歩道橋、エフエル塔の左に小さく半月)折角此処まで来たのだからエフエル塔に昇りませふとセイヌ川沿を歩けば其処は「紐育のケネディ通り」(Kennedy Avenue de New York)とは不思議な名の通り、其処にPalais de Tokioありと国籍不明の巴里の夜にエフエル塔が光り輝き……とこれぢゃ谷先生の『踊る地平線』(岩波文庫)だが、『踊る』でも何故そこまで巴里の街に興奮したのか確かに合点がゆく愉快な巴里の夜、エフエル塔もさすがに夜十時半ともなれば行列もなくさっさと昇降機にて中階、昇降機乗換え展望台まで昇り巴里市街の夜景愉しむ。展望台に中国からの観光客が濫ふれ大声で「ここからなら北京の国慶節の花火が見えないか!」などと躁ぐのを期待したが中国人ツアー居らず残念(笑)。展望台にはあちこちからの人種も異なる友人連れた地元の若者ら多く、巴里の街を一緒に眺めた彼らの友情がいつまでも続くことを、老いた余はただ願うばかり。そういえば、とI君に「ださい巴里土産」をと所望されZ嬢「どうせならボールペンでカンカン踊りの踊り子なのにペンを逆さまにするとヌードになるやつ」がいいのでは?と展望台の土産物屋にて探すが見つからずダサいエッフェル塔の柄にParisと書かれた、とても恥ずかしくて使えそうになきボールペン購う。展望台にはエッフェル博士の書斎での等身大の姿人形ありその書斎の壁にはエッフェル博士わが国への貢献を以てわが国より厚く歓待され畏れ多くも大正天皇より勲三等賜れしの時の御璽輝く賞状あり。皇国の、御時の陛下よりの褒美をばこうして巴里を代表するエフエル塔の塔上に掲げし仏蘭西共和国並びに大統領陛下に敬意表すばかり。Champ de Mars站より閑散とせし夜中の地下鉄道にてホテルへと戻る。