富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

九月廿九日(月)朝St-Michelのmetro站にて月曜より一週間有効のCoupon Heddomadaire購いMusse d'Orsay站に向かいOrsay美術館にて昨日の見残しをと思えば月曜日にて休館。セーヌ川渡りLouvre美術館(写真)。Pyramidより地下に降りれば銅鑼灣の如き人、人、人。但し多くの人、Mona Lisaなど目指し南翼のDenonに集まり北翼Richelieuに参れば閑散としマルリーの馬だのピュシュの作品ゆっくりと眺めイスラムメソポタミア、東翼Sullyの古代伊蘭より埃及美術までまわればすでに昼。希臘美術に向かうとかなり混雑し理由はミロのビーナス。それでもボルゲーズの戦士だのカノーヴァのエロスの接吻で目覚めるプシュケだの誰にも邪魔されず目の前に対峙すれば身震いするほど。日本よりの全盲者かなり多い団体旅行に遭遇、介護人に手を引かれ海外旅行のうえ美術館見学とは。盲者は目は見えぬが肌だの気で様々なもの感じるといふが、全盲者の参観に驚く余を含む客や職員。疲れきりPyramidよりmetro站に向かう途中の地下街でモデムカードと同じ抽出に蔵ってあり持参忘れたサングラス購う。metroにてSt-Michel、南華なる中華料理屋にて餃子と猪肉炒麺食す。店員らの北京語耳にして自らも言葉通じることの安堵感。一旦ホテルに戻り一人metroのPyramid站、1区の茶場ネットなる日系の接続屋にて急場凌ぎ接続。店の方にモデムカード購うが可能なる電脳屋尋ねれば実はホテルから歩いてもすぐのOdeonにFnac Degitalaleあり其処なら多分見つかろうし若しなければ12区の巴里最大の電脳屋Surcouf訪れるよう進められ早速OdeonにFnac Degitalaleに向かいモデムカード購ふ。無線LANの並び探してもモデムカード見つからず隣のブロックに案内係の店員おりかなり並び尋ねるが「自分はソフトの担当」と要領得ずmicro portableの担当探して尋ねよと「命じられ」そちらに向かう途中でモデムカード見つけ百年の恋人に会ったが心持ち。だが次の問題はモデムカードのdriver、CD-Rより入れる必要あり余のNBにはCD-R内蔵されておらずInternet繋がっておれば自動的にdriver何処かからダウンロードされるもののそれも出来ずOdeonの站近くの街市にて待ち合せたZ嬢と一緒にmetroにて茶場ネット再び訪れるが外付けのCD-ROMはなし、と言われInternetよりダウンロード済ます。Palais Royalの中庭の公園、噴水のまわりのベンチにて1664印の麦酒飲み一憩。巴里談義。人種の坩堝、Z嬢と巴里談義。metroの中で誰のことも気にせず大声にてジャズ歌う男(大道芸人に非ず単に歌いたければ歌うだけ)、周囲の者など気にせずの喫煙、好きな時の飲酒、香港すら綺麗に見えるほど烟草吸殻だの塵のまう市街、自らの役目以外一切の責任とらぬホテルだのPC屋の職員、勝手といえば余りの勝手、だがこれこそ究極の個人主義、自らの我を通しお互い他者の自由には一切干渉せぬ姿勢。Palais Royalの中庭にてゆっくりと寛ぐ人々見ていればこの自由こそ彼らにとっては市民革命にて勝ち得た権利。それは単に享受するものではなく常に個人の闘争を継続せねば維持できぬものであること。人種の坩堝とて仏蘭西にとって国民とは民族主義に非ず仏蘭西の文化をもち言葉を話す者は仏蘭西の国民であり、彼らにとってのナショナリズムとは日本の偏狭なる民族主義に非ず民族越えた仏蘭西の市民、その集合体の構成員としての国民の養成。モロッコ出身であれベトナム、中国からの難民であれ、日本の子であれlyseeに学び仏蘭西語とその文化を解せば仏蘭西国民としてこの自由と個人主義を享受できるといふ真に理屈のある論理。それに比べれば偏狭な民族主義ばかりでZ嬢曰く「三代たっても「在日は在日」として扱う日本にてはこうした健全なるナショナリズムは生まれまい」と。御意。Palais Toyalの向かいはLouvre美術館、もう五時過ぎにて閉館かと思えば月曜は夜22時近くまでとは立派。この時間なら空いたかもね、と入館すれば中国が国慶節での大型連休だからであろうサモトラケのニケ像(写真)からMona Lisaに向かう数多くの中国よりの団体客。著名な作品の前では日本人、韓国人以上に作品を鑑賞もせずまず撮影し次に作品の前で記念撮影。作品よか、その作品の所に来た自分をば記録に残すことに徹底極まりなし。Z嬢が古代芸術発見!と何かと思えば中国からの旅行者のお兄さん、畏れ多くも浩宮様の如き七三分け、下は国産のNikcのジャージ姿でシャツをばWaist-inしてしまいオマケにジャージの裾を靴下の中に入れた、今どき北京どころか長沙にもおらぬポストモダンなお姿(写真)。リベーラの「えび足の少年」よか「ジャージ姿の北京青年」は絵になるかも。Mona Lisaの前など「フラッシュ撮影はするな」といふ規則でもフラッシュの閃光甚だしくMona Lisaも目を細めるほど。人を押しのけ一番前で撮影に余念なき巨頭の男(写真)、撮影済ませ数秒で立ち去った女(写真)など人間観察のほうが作品鑑賞より面白味みあり。Mona Lisa、Mona Lisaといふがda Vinciの他の作品、余は「da Vinci自身の理想像としての女装姿」といふ説もあるMona LisaよかSaint Jean-Bapristeの方がよっぽど美しいと思ふのだが一連のda Vinciの作品など見向きもされず観衆素通り(写真)。特別展示でCrediの素描画がいくつも展示されているのだが此処も誰もおらず。ナポレオンの戴冠式だか何かの絵の前にて中国人の団体に「天安門事件国外脱出組」インテリ風ガイド氏が説明しているのだが、共産中国は市民革命を経た共和制の仏蘭西がまたナポレオンといふ皇帝を崇めた仏蘭西に矛盾感じぬのだろうか、と一瞬思ったが、考えてみれば共産革命経て毛沢東なる皇帝をば信奉するのと同じことかも。Louvre出でセーヌ川渡りRue de Seineの画廊だの美術商多い通りを眺め歩きOdeon近くの街市。L'atlasなる街頭に海鮮並べた店でちょっと季節には早いが生牡蠣を二人で1打、それにスープと鴨肉を2人で1人前半分ずつ軽めの夕食。ホテルに戻りモデムカード接続するがつながらず。モデムのせいではなくホテルの電話がモデムに反応せず。茶場ネットにて「モデムつけてもモデムが反応しない場合がある」と言われたが京都の都ホテルにでも同じ状況あり、その際はモデムつなぐための電話機を貸し出されたが、同じような状況。半ば接続はあきらめようか、という気分。