富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

六月二十一日(土)雨。昨晩久しぶりに荷風先生の『断腸亭日剰』読む。まだ昭和11年にて?東綺潭を買い終えたところ。午後よりジム。この数週間足りぬ鍛錬集中しようと思えば天井より樓上の工事にてコンクリ打ち砕く音すさまじく、ジムの入るビル、テナントいったん解約してまでの大幅な改築工事の最中にて、単に内装工事といふよりビル躯体にまでヒビ入れているのではないかと恐れるほどの響音と振動。怖いのは真剣な話、非熟練工がたんに壁だの床だのを壊せといわれ大型ドリルをキチガイに刃物でダダダダダッ……とコンクリの床に穴穿ち躯体でも平気でそれされれば下手したら床抜けてジムの天井陥没、ジムには土曜日午後にて数百名はおり落下してきたコンクリ床で圧死など真っ平御免。さっさとジムから非難。半分冗談だがマジに躯体に亀裂入りビル崩壊といった工事も数年に一度あり。尖沙咀にてZ嬢と待ち合わせに時間あり行きつけの酒場も未だ開かぬ午後にて幾つか酒場が軒連ねるPrat Aveに赴けばかつてのDelaney'sも違う名前のIrish Pubで営業続けていたがこれも閉じて久しく場外馬券場の隣にずいぶん前からある酔軒Harry's Barなる酒場にて麦酒。Cable TVのニュースにて23条反対の世論高まり白宮の報道官も23条立法に関心示すとともに懸念表明、それに対して葉保安局長が23条立法は中国国内での保全法であり他国の干渉は一切抜けぬと「おまえ北京中央の領袖か?」と疑うほどの放言。『神聖喜劇』読む。この小説ジムに行く時も地下鉄にて一つ駅を乗り過ごすほど久しぶりに精読に価す。Z嬢と落ち合ふべくHoliday Inn Golden Mileに向かう途中、香港にて1964年から続いたフランス料理の老舗にてかつてはMody Rdの銀座太郎の向かいにあり10年ほど前にCarnarvon Rdにて営業続けていたAu Trou Normandは近いうちに店閉めると春に新聞記事になっていたが今日通ってみると五十嵐なる日本料理屋にすでになっており驚き。閉店が決まってからこの店の味懐かしむ客で予約殺到と記事にあったがSARSの影響が重なり閉業が早まっていたのかも知れず。という余もこの「銀座のみかわや」に匹敵する料理屋は旧祉にて一度、この場所でZ嬢と晩餐に10年近く前に一度訪れたのみ。今でこそ西洋料理の選択も多いがかつてマトモなフランス料理といえば尖沙咀対でペニンスラホテルのGaddi'sか此処かといわれた時代もあり。尖沙咀の香港歴史館。26日までの拿破崙大展 ナポレオン展観る。ナポレオンといふと何故かルパン三世でのナポレオンに纏わる挿話(確かナポレオンのトランプだったか、ロシア侵攻で不運を告げるような話だったと記憶)とか、何よりも『ベルサイユの薔薇』の最後にオスカルらが命をかけルイ王朝を倒した市民革命が起きて、そのフランスがナポレオンという皇帝の誕生を待つ、というところでこの漫画が確か終わっており(最後がナポレオンの肖像なのである)、あれほどに人々が犠牲となり大きな社会変動を経たフランスになぜナポレオンが現れたのか『ベル薔薇』を読んだ当時かなり疑問であったがその疑問は未だに解けず。そういえば当時、池田理代子はきっとナポレオンを描くのか、と察したがいつの間にか声楽家になってしまった。尖沙咀のDomonにて餃子と葱ラーメン。Domonは香港一高いが創業当時からそれでもDomonのラーメンなら、と思わせていたのが(室蘭出身だかの調理人おり)どうも今日も前回も不味くはないがいまいち「そこまでして」といふほどでもなし。寧ろ幸福中心地階の一平安のほうがDomonほど凝ってはおらぬが値段でいえばそれなりで味も含め御手頃。Kimberley Stにて韓国食材購ふ。Z嬢と別れバスで西湾河。太安商場抜けて昨日に続きNurnauの今日は遺作である“Tabu”観るために電影資料館。だがガウチョ〜!で映画はなんと科学館。Nurnauの今回の特集すべて電影資料館とてっきり思っていたが3本のみ科学館なり。上映の20時まであと3分、今更80分余の映画のため大雨のなか駆けつけても始まらず断念。何が情けないかといえば先ほどまで参観せし歴史館と科学館は続きの建物にて其処から雨のなかわざわざ西湾河まで来たことが甚だ情けなし。帰宅してZ嬢手製のアイスクリーム食す。映画見れなかった腹癒せに暫く前にわざわざ米国のamazon.comから購入せし70年代末の香港映画(Show Brothers製作)“Mighty Peking Man”(北京原人の逆襲、こちらやこちらに詳細あり)見る。脚本がる匡倪(蔡瀾氏の畏友のSF作家にて今はサンフランシスコにて余生送蔡瀾の連載随筆に屡々電話での歓談の相手として登場する)なのには驚き。前半の、アフリカ象からチーターまで登場するヒマラヤの山奥のセットに比べ確かに円谷英二の流れ汲む有川貞昌が担当した香港市街での特撮シーンは完璧。何が精緻かといえば掃桿埔の香港スタジアム(改築前の運動場)で見世物にされていた巨大猿が逃げ出して湾仔の鵞頸橋の高架道を壊しながらハーバー岸に出て女ターザンが強姦されようとする銅鑼灣のExcelsaior Hotelにまで現れ、そこから海沿いを中環側へと進み駐港英軍と戦う場所が湾仔の埋立地(今の香港展覧会議中心だのGrand Hyatt Hotelのある一帯)で最後、夜に中環まで来た巨大猿がお約束で登るのが、当時(湾仔にHopewell Centreできるまで香港一の超高層であった)Jardine House、と巨大北京猿人の歩くルートからその市街の光景、ホテルの客室の窓の塗装まで完璧なミニチュア。Excelsaior Hotelの向かいにあるガソリンスタンドが爆発するのだから思わず精緻さに拍手してしまう。被害受ける住宅はといえば窓から見ると麻雀していたり低所得者相手の籠屋(集団住宅)だったり台所ではちゃんと中華鍋で料理していてその火で油が勢いよく火事になったり……。最後はJardine Houseの丸窓を巧く使って巨大猿が屋上まで登り英軍の総攻撃を浴びて火達磨となり落下して死んでしまうし(General Post Officeが木っ端微塵)女ターザンの美女も亡くなり女ターザンの遺体を抱いた主人公(今では大物プロヂューサーのDanny Lee)がJardine Houseの抉られて壁も大破した火災現場からビクトリアハーバーを呆然と眺めている。巨大猿が女ターザンと森に帰って幸せに暮らしました、に非ず、全く救済のない映画。唯一人生き残るDanny Leeも恋人=女ターザンを亡くしたのも巨大猿が香港市街をここまでめちゃくちゃに破壊したのも元はといえば自分がジャングルの山奥にいた女ターザンを「香港で一緒に暮らそう」と連れてきたからなのであり、おそらく彼女の遺体を抱いたままJardine Houseから投身自殺であろう。たかだかキングコング映画の、しかも「パクリ」なのだが、巨大猿が理性も捨てて暴れ市街を破壊し最後は残酷な殺され方をして美女が肌も露な姿で香港市街を駆け回り最後はこちらも死んでしまふというのは原作や他作のキングコング物に比べても遜色ないどころか露骨さはこちらのほうが極端。Nurnauを見逃した代わりであり、ただ70年代の香港の市街を忠実に再現したミニチュア見たさに入手したDVDながら思わぬ極端さにただ唖然とする。ちなみにここでJardine集団の本部であるこのビルがここまでの被害受けていたら下記に綴ったOliver's Super Sandwichの大家楽による買収も、というかこのサンドイッチ屋すらなかったかも知れず。『神聖喜劇』読む。
▼北京にてSARS蔓延によりわずか18時間だかの貫徹工事(さすが共産党!)にて建設したといふ小湯山の隔離病院にて最後の18名の患者退院し早急なる使命達成しひとまず閉院、と。それにしても政府のコメントは「北京防治非典型進入全面勝利段階」ってなんですぐ“勝利”宣言せぬと気が済まぬのか。革命政権の野暮さ。香港の遅れに遅れた対応に比べその対応の迅速さは大したものながらこれが疫病蔓延ばかりか政治犯収容とて対応できるところが独裁政権の怖さなり。
▼民放である商業電台 Commercial Radio HKにて“風波裡的茶杯”なる時事放談番組10数年にわたり続けてきたりし鄭経翰今月16日より無期限の休暇つまり実質的な番組中止。歯に衣着せぬ彼の論説ゆえに巷にて董健華に対する不満から鄭は「10時前特首朝10時までの行政長官」と称されども彼の番組に於るSARSでの対応に不備多かりしHospital Authorityや醜聞続くHousing Departmentへの非難に対して廣播事務管理局よりこの非難一方的にて且つそれに非難された側に反論の機会与えずそれ姿勢として公正さ欠くと警告あり商業電台側は即刻この番組中止決定す。確かに鄭の言説政府与党への罵詈強靭ながらこの程度が容されるぬではとても時事放談だの言論の自由など維持できず。これに比べ日本にて言論自由かどうか。少なくともこの程度の省庁非難にてお咎めなどなかろうが香港の場合少なくとも中国共産党への非難は現状にては(23条立法以前として)許容範囲。日本の場合香港の中共=いわば国体に該当するものが天皇制であるとすれば天皇制への言及完璧なまでに禁忌とされると思えば日本の言論もけして憲法は保障する自由でもなし。
▼23条といえば19日のSouth China Morning Post紙に保安局長Regina Ip女史の論説あり。葉淑儀局長曰く国家がテロに備えるのは当然にてどの国もきちんとした法体系があり国家が守るのは市民にてこうした保安法が市民の自由を剥奪することはない、と。だが何故そうした保安報有する国家からもこの香港の23条立法に懸念があるかといえば「この国」の場合は一党独裁にて暴力を振り翳し市民の人権蹂躙し多くの殺害まで行った歴史があり(国家テロ)それ故にこの立法もそれに加担する恐れのあること。通常の国家保安をこえていわば中国共産党のための安寧法である事実。つまりこの23条立法は自然法からは程遠い特定の権力保身のための法ゆえに多くの非難が集まる……と『神聖喜劇』の東堂君っぽく。
▼16日の横田総領事による日中関係についてのSouth China Morning Postでの投稿(5月のFrank Chingの連載に反論するもの)に対して一市民より総領事の主張受けた形で歴史認識も大切であるが日本中国の協調アジアにて殊更重要であり新しき世代は過去の悲惨なる歴史越えて積極的なる連携を建立すべし、と。正論。16日の投稿への続稿20日に掲載されれば「あれか」と合点。
▼Oliver's Super Sandwich(OSS)が大家楽により買収される。OSSは香港の一大財閥Jaedines傘下でありJaedinesは「中環の三菱地所」の如きLandmarkだの有するHK LandやMandarin Orirantal Hotel、またDaily FarmはWelcomeだのManningsだのIkeaを有す。Daily Farmといえば花園道の現在のピークトラム駅(米国総領事館の対面)付近に牧場有しその乳製品の倉庫が現在の蘭桂坊のFringe Clubの古い洋館。このOSSは香港だけで15店有し東南アジア計30店舗ながら買収価格はHK$7Mと1億円強でしかないのはOSSのかかえる負債大きいため。Oliver'sといふ名前の通り中環の高級スーパーOliver'sに隣接してできたサンドイッチ屋。Oliver'sは超級市場チェーンWelcomeの高級志向店にてつまりJardines傘下といふわけ。場所柄かネームバリューかかなりボリュームあるサンドイッチとはいえBLTとV8の野菜ジュースとでHK$40にもなってしまえばかなり割高。しかもデフレに対応せず「たかだかサンドイッチ」でこの値段で大失敗。大家楽にしてみれば「ダサさ」をどう払拭するかに懸命にて店の内装に高級感出すだの躍起だが所詮客層が客層。そこでOSSの買収も多少は意味あり、か。