富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

四月二十二日(火)快晴。昨晩遅く荷風先生の日剩、久々に開いて昭和11年の初秋を読む。ようやく墨東綺譚書き出す頃なのだからいったいいつ読了することやら。諸事に追われ晩に慌てて尖沙咀の文化中心に滑り込むが映画は今晩は7時45分とわかり半時間持て余し夕食もとっておらず、Expressなる文化中心の外にある、映月樓の階下だが、おそらく美心集団の経営であろう快餐店に初めて入り海南鶏飯食す。海南鶏飯それぢたいはけっこうそこそこなのだがやはりどこに美味い店との差が出るかといへば例湯(らいとん=出来合いのスープ)なわけで、例湯が美味い、例えば旺角の新旺記(彌敦道亞皆老街東入ル)であるとか中環の金華であるとか、そういった店の例湯に比べると、いかにも例湯のために作ってしまった、という味で、余った肉の切れ端、野菜だのを徐に足しつ放りつ煮込んで塩だけでさっと味つけした「明火例湯」といふ名がいかにも、という例湯とは全然違う重湯の如し。文化中心にてKen Loach監督“Sweet Sixteen”看る。いかにもありがちな、とくに台湾映画に多い、筋は若者の粗い、だが純粋な青春の希望と挫折、最後は殺傷事件で、という話だが、とにかく主人公演じるMartin Compston君が、これが本当に初めての演技なのだろうか、と驚くほど天性の素晴しい芝居ぶり、とくに麻薬中毒にて収容所から出てきた母親迎えるシーンは絶望的な終焉が控えているとわかるからこそ、直いっそう、その母親とに期待した平凡な生活への憧れが感動的。続けて“Taxi Driver”の印象強いPaul Schrader“Auto Focus”看ようかと思っていたが疲労甚だしく断念。
朝日新聞の疫禍についての報道(こちら)に「九竜半島の郊外、大埔では、SARS感染者を収容している公立ネザーソール病院周辺で大量に感染者が出ている。同日の発表では96人。衛生当局によると、感染者の7割は病院関係者とみられる。同地区には日本人学校があり、日本人住民も多い」とあり記事のいい加減さに愕くばかり。確かにNethersole病院の件は事実だろうが、大埔の市街地でも北側にあるこの病院とこの日本人学校の大埔の学校は確かに行政区分は同じだが直線距離で4kmは異なるであろうし、大埔に日本人は多いだろうか。沙田ならまだわかるが、それだって太古城やBraemar Hillなどに比べれば沙田ですらけして日本人は多くはないだろう。具体的な数字もないまま、よくもこんな出鱈目が書けるものと感心。こんな記事を読めば、ウイルス蔓延する大埔、日本人多く学校もあり、で日本人にも大きな不安、感染はありやなしや……とそういう根據もない無駄な不安感を抱かせるだけ。呆れるばかり。
▼数日前に見た『風風雨雨』に客演していた李怡氏は雜誌『九十年代』廃刊となってから蘋果日報の論壇に連日政治関連の文章掲載しているのだが、今日のこれにて曰く、台湾はこれだけ中国、香港と経済的に密接な関係ありながらSARSの感染者わずか29名で死亡者なしという状況。米国はSARSでの死亡はまだないにもかかわらず感染者200余名だが、すでに専門家を台湾に派遣して台湾のこの感染への取組みを視察、と。台湾は昨年11月に広東省でこの「謎の怪病」が発生した時にすでに台北市の衛生局長は警戒を呼びかけ三月上旬にWHOがこの感染病の広東省と香港での拡散について言及した時にすぐさま「これは大陸内部の問題ではない」と行政レベルでの対応を始め台湾にて初の感染者出て即刻、台湾政府はこれを「法定伝染病」として感染者の隔離治療、密接接触者の隔離検疫を実施。WHOにもこの一人目の感染ですぐに通知。医療機関もこの感染症の治療を公立の三大病院に限定して三級防護規程なる感染対処の徹底した防染体制をとり医療感染者の二次感染は僅かに1名。……とこのような台湾の対感染の行政が事実すら隠す中国や対応が遅れに遅れ病院での二次感染など拡散した香港に比べ適切な対応か、と李怡氏。台湾では反中国派の象徴である副総統・呂秀蓮女史がこの感染症の中国での蔓延を非難したり、この感染症までを「だから中国とは統一など応じられない」といふ台湾独立論に利用するのでは、ということが大陸、香港側で憶測もされていたが(事実、その政治的背景がないとはいえないが)、事実として台湾がこれだけ秀逸なる政治体をもっている現実を中国側も真摯に受け止めなければならぬわけで、それを統一しようというのなら自らもそれと同等の行政能力がなければならない、ということ。
▼『信報』の社説は今回の疫禍にて中国に問題あり、WHO査察受入れと感染状況公開が大きな経済損失恐れての結果にすぎず、ASEANと中国政府官僚との会議が中国での開催がタイに変更され中国政府が招待されないなど外交でも失望を受け、医療行政も衛生部が北京市内の病院との連絡網すら整備しておらず軍病院が全く蚊帳の外にあるなど、かなり深刻な状況でこそあれ、党中央が政府衛生部長と北京市長更迭したことを挙げて中央政府は民主制度こそないが官僚の失責を質し処罰できるだけまだマシ、と。確かに。香港ではこれだけ統率能力に欠ける董建華、それに財政司司長の梁錦松はじめ問責制といいつつ一切責任問われぬ局長制で、これでは中国以下。
▼そうえば突然思い出したのだが銅鑼灣の古本屋「とまと」で何冊か余が手離した書籍見つける。まず香港でこんな本買う奴はおらぬ、という類の本ばかりでマイケル=ハイの『無限都市ニューヨーク伝』文藝春秋社などちょっと買戻したかった気もする。が、余が某バザーに出して(つまり無償)の本がこうして売られていると思うと誰か儲けているわけで複雑な思い。ただ本がむざむざと捨てられるよかこうして読み続けられるほうが本も幸せか。某バザーといえば偶然にも知人が三島由紀夫先生の中学時代の書簡集と美輪明宏先生の『紫の履歴書』を入手し開いてみたらどちらも富柏村の書印あり、と教えてくれたが、本というのは手放す類の本には安易に書印など押すものではあらず。