富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

四月十五日(火)曇。在香港日本国総領事館で在港邦人にマスク(1セット5つ組)配布あり。外地に暮らし13年目、日本政府より物資配給に預かるは初めて。物資供給など中近東だの遠い世界の話と思い、まさか香港にて自らがその恩恵受けるとは思いもせず。で、ブツは、といへば日本バイリーンの使い捨て式防塵マスクのX-1502、日本バイリーンのサイトみるとこの製品ラインアップになく、製造中止で在庫品?などと勘繰るべからず、日本政府に税金すら納めておらぬのにこうして恩恵蒙るだけでもありがたきこと。で、マスクだが「防毒マスクではありません」って注意書き。香港だから疫禍対策ばかりか防塵だけでもかなり有効か……。このマスクの問題は密封性あり口臭強いとか餃子だのドリアン食した場合とか歯槽膿漏患っていたらかなり難あり。中江裕司監督『ホテルハイビスカス』看る。沖縄舞台に愛しさ。不覚にも涙する。悲しくではなく、そのあまりに愛しき空気。なにゆえにこのホテルハイビスカスの家族、そして沖縄の精霊生き続ける集落が素晴しいかといへば、そこに<政治>装置がないこと。偏見も憎しみも<まなざし>に呼応するための社会的コードと化した道徳も其処にはあらず。必見。終って某テレビ局で映画番組構成を職とするW君と邂逅、といっても毎年この映画祭では何度も顔合わせるが次の映画まで半時間ほどあり文化中心のロビーカフェで珈琲飲み暫し款話。湾仔の藝術中心がここ数年いかにダメになったか、台湾映画のここ数年の停滞、山田洋次監督のどこがつまならい部分なのか、などなど。続けて李楊監督『老井』看る。期待よかかなり面白し。物語ぢたいかなり面白いのだが92分におさめた脚本が亦た好し。悪意と善意、その社会性がとてもシェイクスピア的。今回の映画祭のなかで今まではいちばんいい映画を然も二本続けて見られた満足。六月の歌舞伎座は昼の部、芦屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)の葛の葉姫が雀右衛門、で、次のが玉三郎の藤娘。京屋で大和屋、平成の二大女形の、これはすごいことだ。夜は夜で曽我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)、御所五郎蔵・後室百合の方が仁左衛門、愛妾時鳥・傾城皐月が玉三郎、肺炎で陰鬱である日々続き芝居でも見て晴れやかな気分になりたいもの。
▼ 14日の信報に黎加路による隨筆、疫禍のなかそれを忘れ暫し笑えるは英国Guardian紙にあった評論で、香港旅遊局の広告がかなり笑える笑いネタになっている、と。それは非典型肺炎跋扈する香港にあって広告には“Hong Kong will take your breath away”と。よく解釈すれば「香港はあなたを魅了する」なのだが、息できないくらい愕く、では時節柄洒落にもならず。旅遊局はこの広告、肺炎発生の前に製作されたもので、当局はこの広告を“There’s no place like Hong Kong”に変更する、と言ったものだから、「香港のような場所は他にない」ではもっと洒落にならず。この隨筆、笑わせたあとLeslie張國榮の遺書にあった「自分はdepression、一生、なにも悪いこともしてないのに、なんでこうなってしまったんだろう」を挙げて、この疫禍のなかでのLeslieの自殺のこの遺書の文句こそ、いまの香港の人々の心境そのもの、と。御意。
▼ South China Morning Post紙の董建華に対する失礼とすら思えるまでの厳しい論調が昨今話題になっているが、同紙のこの姿勢、香港の世論を代弁する正論か、と信じるよか、親中資本となった背景でのこの論調は寧ろ董建華を選び再選まで支援しつつ今になって中国政府からの董建華に対する三行半ではないか、という憶測もあり。昨日14日の社説“Hu’s southern mission a much-needed step”など先週末のCoquinteau(胡Hu錦濤)国家主席による今回の疫禍に対する広東省視察と省幹部及び董建華との会談を、それがいかに重要であるか手放しにて絶賛、読売の中曽根贔屓の如き破廉恥。勿論、Coquinteau氏が赴南せぬよりしたほうがマシだが、これまでの北京中央のこの疫禍に対するあの遅滞ぶり見れば政府非難されるべきであり無節操なこの社説読めばSCMP紙の変節は明白地。それにひきかえ『信報』は中国政府はようやくこの肺炎が国家イメージ破戒する現実を理解し温家寶首相による北京の病院視察やCoquinteau国家主席の南下など実施されているが、Coquinteauの「香港の困難に対して中央は全力支援する」と宣うがそれぢゃその支援が何かといえば「医療物資及び防護機材の供給」って、信報社説「冗談ぢゃないよ、まったく」といふわけだろうが「香港は豊かであり肺炎に対して欠けているのは医療物資や器材などのハードウェアでなく、内地政府とくに広東省当局との協力体制なのだ」と一刀両断。全くその通り。この社説でも今日15日の社説でも続けて主張するは疫禍にて悲観論、閉鎖傾向に覆われそうだが、現実に感染問題はあっても来港者が激減するような状況だからこそ港内で消費維持だの社会活性化だのを積極的に推進していこう、と。
▼ 『信報』の林行止専欄、疫病の黒死病について述べる。この黒死病、蒙古にて発生し鼠のリンパ腺病毒が虱により急速に繁殖、それが駱駝に乗ってシルクロードをわたり欧州に侵入。1347年より51年に欧州だけで欧州全人口の三分の一に充たる2,500万人が死亡し都市部での死亡率は人口の70%以上、と。悲劇ではあるが結果論であるにせよこの疫病により所謂「暗黒の」中世が終焉迎えルネッサンスだの宗教改革といった、その後の欧州の先驅けがあり、人間は抗体の生造と医学発達してからはワクチンの開発によりこういった疫病を免れてきた、ということ。そして有名な歴史だが大航海時代に欧州よりアメリカ大陸に性病持ち込まれアメリカ原住民壊滅的打撃受け、原住民の間では自らの太陽神がこの悪魔の病に勝てず西班牙人は助かるのを見てキリスト教に改宗が進んだ、と、これはW.h. cNeillの“Plagues and Peoples”が出典。また林行止によれば、マスクも研究に値する。マスクが防止できるのはMycobacterium Tuberculosis(大型肺結核細菌)だけである、こと。N-95型のマスク使用が提唱されるが、マスクの作用は当然有限であり正確に着装して0.3ミクロン(100万分の3mm)のウイルスを防御できる確立が95%であること。実際に市販されているこのN-95は製造元によりかなり品質に差があり、この0.3ミクロンのウイルスを通さない割合0%から92%、米国の疫病管制センター(CDC)の総幹事が「感染者に近づくときはTシャツで顔を蔽うだけでも有効」と言っており、つまりは高性能マスクでもTシャツでも感染を防ぐ場合は防ぐが防げない時はどうしようもない、ということ。林行止氏曰く、マスクの唯一の効能はマスク着装することでの危惧感からの回避、だが、多くの人がそれをすることが恐怖心を煽ることにもなり、外国でテレビメディアで香港ではみんながマスクしていることを見ればさらに恐怖心を煽るのは必然的。つまり総じていえることは、マスクをするかどうか、に絶対的な肯否の答えはない、ということ、と。