富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

二月五日(水)晴。昨晩深更に、十二月に月本さんに頂いた歌舞伎座の筋書『椿説弓張月』読む。ふつう 芝居は粗筋だけ読んでもちっとも面白くないのだが、そもそも粗筋は芝居を見る前提で観劇を楽にするための粗筋でしかないのだから当然なのだが、それでも三 島先生のこの弓張月、これを含めて僅か三度しか上演されておらぬのだからこうして見逃していることは口惜しく、せめて筋書読むだけでも気を紛らわせるも の。ありがたい。正月の居間飾った桃の枝、二日ほど前にすっかり満開となり今日は花びらも萎み始めるといくつか新芽が出る。手折ってしまった枝花にては新 芽も枯れ新緑になれぬ。正月初三の競馬あり水曜日ながら競馬もなし。下弦の月。気管支炎治まるがまだ運動するほどの気力もなく晩早々と帰宅し風呂につかり 荷風先生日記読む。荷風先生昭和十一年九月六日に綴るは玉ノ井の私娼家訪れ「此夜余は階下の 茶の間に坐り長火鉢によりかゝりて煙草くゆらし、女は店口の小窓に坐りたるまゝ中仕切の糸暖簾を隔てゝ話する中、女は忽ち通りがゝりの客を呼留め、二階に 案内したり。姑として女は降り来り、「外出」だから、あなた用がなかれば一時間留守番して下さいと言ひながら、着物ぬぎ捨て箪笥の抽斗しより何やらまがひ 物の明石の単衣取出して着換へ始める故、一体どこへ行くのだと問へば、何処だか分からないけれど多分向嶋の待合か円宿だらう。一時間外出は十五円だよ。お 客程気の知れないものはない。あなたなら十円にまけるから今度つれて行つてよと言ふさへ呼吸急しく、半帯しめかけながら二階に上りて、客と共に降来るをそ つと窺い見るに……」と荷風先生、この私娼客を出かけるに「一時間といへど事によれば二時間過るかも知れぬ臨時の留守番。さすがのわれも少しく途法に暮れ柱時計打眺むれば、まだ 九時打つたばかりなるに稍安心して腰を据え、退屈まぎれに箪笥戸棚などの中を調べて見たり。女は十時打つと間もなく思の外に早く帰り来りぬ。行つた先の様 子を問ふに、向嶋の待合へつれて行かれしが初めより手筈がしてあつた様子にて、「ノゾキ」の相手に使はれしものらしく、ひよつとすると写真にうつされたか も知れない。通りがゝりの初会で奇麗に十五円出すとはあんまり気前がよすぎると思ひましたと語りながら、女は帯の間より紙幣を取出し、電燈の光に透して真 偽をたしかめし後、猫板の上に造りつけし銭箱の中に入れたり。早や十一時近くなりたれば又来るよとてわれは外に出でぬ、留守中にかきしこの家の間取り左の 如し」とこの娼家の間取りの図。娼家訪れかうして留守番するやうな荷風先生の如きさういふ粋 人になりたしと思ふ。然れどこの日付の上に「・」印あり。つまり飄々とせし己の姿綴りつつしつかりこの女と交合済ませたる印なり。先生の真骨頂此処にあ り。昨晩、留園素斎閣に赴き晩遅く珍しく酒飲まねばそれはそれで心地よく、ここ数カ月の怠惰もあり身体もすっかり鈍りふと禁酒思い立ち今晩も飲まず。海苔 のスープ、大根餅、アスパラガスと自宅にても素食となる。晩に日本のテレビ放送開始半世紀とかでNHKで毎晩再放送されている『シルクロード』観る。あの 番組が放映されてから四半世紀近く。これをところどころ観ながら小熊英二『民愛』読む。戦後の民主であるとか愛国という言葉の変遷も、トルファンの更に西 のかつての要塞都市の残骸に比べるとかなり小さなものに思えてならず。せめてもの滋養強壮に寝臥に養命酒一口服す。
▼宇宙に夢を托す象徴かも知れぬが宇宙開発はそういった人類の純朴な気持ちとは裏腹に国家威信と覇権、アポ ロの月面着陸が冷戦での米ソ対立のひとつの結果であったように、今回のコロンビア号の事故もブッシュは死亡したイスラエル空軍大佐が81年のイスラエルに よるイラク原子炉攻撃に参加したF16パイロットであるからこの大佐の遺児を前にブッシュ「お父さんが始めた仕事は私が完了させる」と語っている(朝日)。 そこまで言うのなら要らぬ首脳自らイラク攻撃の先陣きってイラクの軍事施設に特攻隊となって花と散れ。結局、「史上最悪のインチキ選挙」で「当選」した ブッシュは9-11で蘇生し今回もイラク攻撃がイマイチ盛り上がらない時期にコロンビア号爆破という国民的=世界的落胆生じてそれをこうしてイラク攻撃に まで結びつける悪意。世界一自由であるはずの国がじつは「電通も真っ青の」演出のなかで不自由な思考に陥っている現実。
中島らも先生、大麻たばこ5本(約2g)、乾燥大麻約 4g、冷凍庫の中に乾燥させたマジックマッシュルームの粉末約3gを所持し逮捕される。朝日新聞は「明るい悩み相談室」の先生でもあった中島氏を「人気作 家の」と称す。らも先生が大麻吸ってマッシュルーム食べて気持ちよく人々が読んで心安まる文章を書くことになんの社会的問題があろうか。らも先生の曾ての アルコール中毒のほうがよっぽど他人に危害与える危険性すらあったが逮捕されもせず。それにしても逮捕した近畿厚生局麻薬取締部、中島先生のような廃人通 り越した仙人の如き人の、たかだか大麻マジックマッシュルーム程度のために存在するのか。情けなし。巨悪はいくらでもあるだろうが。
▼山住正己先生逝去、72歳。阿佐谷の希望の星。国家権力の教育への介入に反対、文部省解体まで唱えた先生 が東京都立大総長であった「そういう時代があった」こと、それも山住先生の都立大総長就任は美濃部“赤色”都政時代ではなく鈴木俊一反革命”都政の93 年……極右ファシストが都政牛耳る今日にては想像もできぬ歴史的事実。