富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十二月八日(日)小雨。寒波到来。午後外に出ると気温摂氏14度まで下がり極寒凍えるほど。街には毛 糸帽子、コート、手袋に身を固めた市民少なからず。夕方ランニングクラブの幹事会にて蘭桂坊のDaily Breadなる星巴向かいのカフェに集おうとするが潰れておりI会長、H副会長とAl's Dinerにて茶。ハンバーガーだのフレンチフライだの揚げる油が店内にこもるのが鼻と肌につき不快極まりなし。しばらくして蘭桂坊の通りに面したガラス 戸全開にしテラスとしたが最初からそうするべき。晩にK氏とT嬢の披露宴あり中環の鴻皇酒家。アフリカ産の鮑、カボチャ風味のフカヒレなどいただく。K氏 とT嬢そもそも仕事にて面識あるがT嬢は海南島のA夫人と知古にてA夫人来港のおりZ嬢招かれ会食となりそれに余も誘われ銅鑼湾杭州飯店に食し、女性三 名相手では余も恐れ多く仕事場近きK氏を電話で誘い、それが切掛でK氏T嬢今日に至る。カメラマンM氏、同K嬢、かつて香港通信にて余の連載の担当のS 嬢、香港映画評論の大御所S嬢など香港にて十年来の知古に数年ぶりに邂逅。終わって数名にて蘭桂坊のアイリッシュパブにてギネス一飲。二階が静かな場所に て窓開け広げ寒気も心地よしといいたいが夕方に続き向かいの中国坊なる料理屋の油臭き排気が流れ込む。終わって同席のI会長、佐敦I氏、Z嬢と蘭桂坊茶 庁?だかいふ名の新しめの茶餐庁にて茶服して帰宅。江口達也のBee Free! 読了。余が今ごろになって述べることでもなく既に語り尽くされたことだろうが崇高なのか駄作なのか、絵が未熟なのかと思えば手塚治 虫や大友克洋を思わせる構図と筆法、物語性の欠如なのか緻密なのか、結局よくわからぬ。いずれにせよ最初から「文部大臣になる男」という挿入で結論が見え てしまったことと武器だの道具だのを持たせねばただの素朴な青年でしかないことはちょっとつまらぬ。この学校といふ装置の破壊と自由、性といふ概念であれ ばこの漫画をフーコー先生評論したらかなり面白かったか、と思ひ、東京がお気に入りにて若者にも若者文化にもお詳しかったのだからもしかしたらお読みに なっていたか、などと想像したが調べてみれば1984年このBee Free!連載開始の年に逝去。