富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十一月二十八日(木)雨模様。早朝に今和次郎『新版東京案内』少し読む。社会科学に走る学生の項に
 昔恋しいワセダの自由
 今の暴圧だれが知ろ
 モガと踊つてビラ振つて更けて
 明けりゃ処分の涙雨
といふ当時学生に流行った替え歌あり。原曲はご承知の通り、西条八十の銀座行進曲。朝早いバスの車中で雨空 にふと香港を唄えば
 昔恋しい港の栄え
 今の不況をだれが知ろ
 株で儲けて土地売って稼ぎ
 明けりゃ負債の涙雨
ってなところか。
昨晩遅くに少し読んだ橋本治三島由紀夫とは』(いつも以上に橋本文は詳 密にて冗舌にて読み進まず)に興味深き記述あり。『仮面の告白』にて「私」が汚穢屋の若者や聖セバスチャンにクラクラしていた子供の頃、女 奇術師の松旭齊天勝に憧れ女装して扮する筋あり。これにはっきり書かれてはおらぬが治ちゃん曰くこの松旭齊天勝がきっとオスカー=ワイルドの『サロメ』を 演じたものではないか、と。と思うのは治ちゃんが子供の頃に新派にて水谷八重子(先代)が松旭齊天勝演じ 劇中劇にてこのサロメに扮した場面あり、その舞台が治ちゃんの脳裏に焼き付く。八重子の演じる松旭齊天勝のサロメとは!想像するだけでも素晴らしきもの。 夕刻にジム。帰宅してタイ風の鶏肉と茄子のカレー食す。
▼台湾の太魯閣渓谷にて開催されたマラソン、阿扁総統ま でかけつけ号砲を鳴らし自ら1500m走ったそうだが、日本からは間寛平ちゃんも参加し「いやーっ、ほんま最高……来年も来ます」とごく普通のランナーの コメントなのだが「……と、台湾の報道陣を前に得意の話芸を披露しながら話していた」と朝日(田村広嗣特派員)。気になるのは得意の話芸といふことはこの ごく普通のランナーのコメントの間に「アメマー」とか「アヘアヘアヘ」とか間の手が入り、突然「かいーの」とか仕種したり記者の質問に「なーぜじゃ!」と か答えて記者の笑いを誘ったのか。つまり本当は「いやーっ、ほんま最高アメマー、極端なコースで前半は坂を上って後半は下りばかりでアヘアヘアヘ、、ひざ が笑いました、なーぜじゃ!、山の上り下りを練習して来年もまた来ますのホイ、でもかいーのぉ」と。それともランナーの普通のコメントだったのだが「得意 の話芸を披露しながら」と記事が陳腐な表現をしただけなのか。どうでもいいことだが気になって仕方なし。
▼築地のH君より訳/村上春樹サリンジャーキャッチャー・イン・ザ・ライのつぶやきを聴け』届く。
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本当のことを言おう。
僕はこんなことはしゃべりたくはなかった。
君はまず僕が生まれた場所とか、僕がどんなみじめな幼年期を過ごしたとか、僕が生まれる前に両親が何をして いたかとか、そんな「デーヴィッド・カパーーフィールド」式のつまらない話から聞きたがるかもしれない。
君は僕の話を心の底から聞きたいというだろうか?
  ☆ 
第一に僕にはそんな話は退屈なだけだった。
第二に、僕の両親は自分たちのことを語られるのが大嫌いだった。世の中にはそんなことになれば、それぞれが 2度ずつ脳溢血を起こしかねない種類の人間というのがいる。僕の両親がそれで(いい人間ではあるんだろうが)、特に父親の方は気が短かった。
  ☆ 
今、僕は語ろうと思う。
僕がこの西部の町で静養するはめになった去年のクリスマス前のあの奇妙な経験のことを。もっともそれは、僕 の奇妙な兄貴であるD.Bに語ったことの焼き直しにすぎないのではあるけれど。
D.Bは今、ハリウッドにいる。
……と。村上作品、20年ほど前に(……なんで我の歴史上の事象はほぼ全 て20年前で終っているのか!)『世界の終わりとハードボイルド(略)』読んだだけの我は 「いかにも」村上作品と。が、真摯なる村上ファンには「こんなの違う!」と言われるかも知れぬ。実はこれ、村上春樹を一度も読んだことなきH君の想像作品 なり。H君、冗舌なるホールデン少年の文体は橋本治の桃尻語でなければ野坂昭如、50年代風俗という点から見ても適任では、と。確かに。
▼昨晩NHK教育にて「自分史を語る」に美輪明宏先生登場、とH君。さすがに若き日のゲイボーイであり身も 晒した当時のことはNHKゆえに曖昧だったそうで、歌手デビューは「ある店で共演したある歌手の推薦で」とか。このへんの世界については森茉莉とか栗本薫 の世界か。そして圧巻は「ヨイトマケの唄」。「この唄にはメークも派手な衣装もいらない」という先生がノーメークで素顔をさらし普段着っぽい赤いセーター を着て絶唱。H君、ほんとうにナミダがでそうに、と。先生の語るこの唄の来歴によると、唄のモデルになった実在のエンジニア青年は両親を満州で失いバタ屋 の祖父に育てられる。本当は「じいちゃんの唄こそ世界一」だった、ということか。余は日本の歌でどれか一番の一曲を選べといわれればおそらく「ヨイトマケ の唄」を選ぶかと思う。