富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十月三十日(水)春の如き高温多湿の雨模様なり。日記に天気のことを書き留めるは日本に多きことと誰 だかの日記にあり。気候が単調であれば確かに日々天候のことなどいちいち綴るまひがここまで世界的に異常気象になると豪州やカリフォルニアの民とて天候を 綴るようになるのでは?と思ふ。荷風散人、震災ですでに失いしものあり昭和に入り醜悪なる東都に嫌気さし心は震災前の江戸情緒ありし頃にと遷るが余もまた 世の中の余りの怖さ加減にただ自らの趣きの世界へと霊友会ではないが「いんなーとりっぷ」してしまひさう。吉田秀和氏が「今ごろになって」幻のワーグナー の10番を聞いてそれにブルックナーの9番のような感動を示し第一次世界大戦後のドイツ絵画に耽ると朝日の音楽展望に書いており、いったい今ごろ何を19 世紀末かと思えばキョービの世界に対する恐怖感、と。せめて己だけは自律あるのみ、と思ふ。Happy Valleyの夜競馬パッとしたレースもなく贔屓の馬も出ず雨模様にて競馬場に一旦寄り馬簿のみ購い帰宅してバランタインの17年など飲みながらのテレビ 観戦は案の定黏りひどく終盤レース荒れて中盤までの儲け擦ってお終い。
▼国体にて開催の高知県天皇杯逃す38年ぶりの快挙。先帝御容体変調を来してより御崩御まで皇室担当として NHKにて報道に当り平成になり高知県知事となった橋本君敢えて「天皇杯という仕組みはスポーツの大会にはふさわしくない」といふ事実に言及、この天晴な る高知県の英断を最もお慶びになるは正しく当今の天皇陛下にあらさせられるはず。
岩手県遠野出身のS嬢と語るなかで柳田『遠野物語』を発端として(柳田 にとっては実際には遠野でも何処でもよかったのは?といふ気がするのだが)遠野といふ町がその付加された<遠野>といふイメージをいかに体 言いくのか<遠野の遠野化>、見つめられることで意識して見られる自分を装っていく、というその課程をまとめた研究書はないものか、と。遠野駅前に『遠野 物語』の記念碑が設けられたのが70年代だそうで遠野を遠野物語の故郷として観光地化させようという意図がありありとわかりました、とS嬢。その頃はちょ うど国鉄ディスカバリージャパンの時代か。東スポに「河童を見つけたら1000万円」というのが載り遠野テレビというケーブルテレビの企画なのだが結局 のところ市役所の試みで遠野市民として恥ずかしい、とS嬢。
▼SCMPにてKevin Siclair氏の論評より。新界西貢の人口僅か30名の僻村にむけてHK$28.5m(4億六千万円)か けて上水道建設、と。20年ほど前に計画され当時はまだ数百名の住む村にて過疎となったが政府は当時から計画を順にこなし、過疎のこの村が順番と。日々是 善政(嗤)。
民主党石井代議士殺害『週刊朝日』では
本誌記者が石井代議士と最後に会ったのは10月23日のことだった。議員会館ですれ違ったとき、「いい話が あるんだ。書いてよ。これは間違いなくでかくなる話だから……」と耳打ちしてくれた。「その話、でかいけどまたヤバイ話じゃないですか」と冗談で返すと、 「まあな、俺、ヤバイことばっかやってるからな」と笑って答えた。実はその数週間後にも、こんなことがあった。別の記者が民主党議員の秘書から、「石井先 生のところに政界を震撼させるすごいネタが入ってるみたいだ。当たってみると面白いかも……」と聞かされたのだ。記者が石井氏に当たったところ、「まあま あ、そう焦りなさんな。いま証拠固めの最中だから。いずれ時期を見て国会で質問する。そのときは連絡するよ。これが表沙汰になったら、与党の連中がひっく り返るような大ネタだよ」といって、たばこをぷーっとふかした。
かりにそれが本当だとしても自民党「だけ」のスキャンダルならもっと揉消しにもっと「懸命な」手段もありま せふ。与党間しかも下半身絡みのお下劣醜聞か、なんて察しもしたりして。
▼国家としての被害を大国こそ忘れぬ(このフレーズ、卓見と築地H君に讃 められコソバユし)のに対して日本のこの健忘症的な感覚、米国が真珠湾攻撃に対する反日感情に比べ広島長崎の原爆投下につき反米の声を聞か ず。右翼の「反ソ」ももう遠き昔。築地H君曰く「反米意識が冷戦構造のなかで政治的に隠蔽されてきたのかと思ったらそれは逆で反ソ感情の方が人為的に作ら れてきたものだった」といふこと。何故にここまで日本は「昔ヒドイ目にあった」ことについての拘り希薄か。和を尊ぶ民族だからか、と言いつつ実は母国にも ヒドイ目にあわせられてれば敵意も外敵に向かず、などといふ皮肉な見方ができるかもしれぬ。それが具体的に戦争でありその責任が何処にかということには敢 て日剩には語らぬが。ただどんなことがあっても親御に罪をきせぬといふのが美徳。実はただ何も考えておらぬ、のかもしれぬが。何も考えておらぬとしたら彼 の国も大統領のその浅はかさ見るにつけ「何も考えてない」おらず英国の如き老成した国家とて労働党党首がその米国追従する始末。世界的に「何も考えてな い」が主流となってきていると思うと日本は「何も考えていない」ことで世界の潮流の先端をいっていたのかも。話は80年代に流行った「日本こそポストモダ ンの最先端」みたいなとこに戻る、とH君。なにせ彼の国が「投票用紙のほんのちょっとの複雑さすら理解できぬ民度で」ブッシュを選んでし まった1年前から我が国はすでに鮫脳味噌氏を首相に頂きたり。
▼再び2chについて。現実の社会のコミュニケーション経験に乏しき乏しき輩が2ちゃんねる的な「世論」が 世の中のホンネだと勘違いするのが怖い、と築地のH君。殊によしりん信者の如きプチ右翼。勘違いならまだよいが実際に「朝鮮人や左翼や部落民は皆殺し だ!」なんて(主張できるかどうかは別として)キーボードを打てる者がけして絶対少数でないことも事実。そのテの「言論」はこれまでどんな三流新聞であろ うと掬いきれず。せいぜい公衆便所の差別落書き。その言論と人間性による淘汰作用によって人類の歴史上隠蔽されてきた「卑しいホンネ」が2chによってが ついに表舞台に立った?ということも推論可とH君。人類の滅びるのも近いか。南無阿弥。