富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

九月十五日(日)飛鵝山に上る筈が昨晩からの大雨にて未明には雷鳴轟き幾度かまんじりとするばかりにて朝を迎えれば黄警報に落雷土砂崩れの警報まで出て山歩き断念。晝にかけてジム。Z嬢と待ちあわせPeninsula Hotelに注文の月餅を受取りに赴けば館内熱海の大衆温泉宿の如き様は即ち日本の連休なり。嘉麟樓の入口で卓空くを待つにも若者三四人佇みぼさーっと煙草噴かす様は愚鈍と映ること甚だし。バーにて一飲欲せど嘉麟樓隣りのバーは廊下より奥まりバーの前にて嘉麟樓での食事に飽きた餓鬼どもが遊びまわり小守の女中もそれを宥めるでもなく当然それを窘める職員もおらず殊の外騒々しくとても寛ぐは無理にて少憩断念。当もはやサンダル履きとて入口で老練なる職員に入館を止められる事もなきこのホテルにては静けさなど期待することも筋違いか。日曜なる日を恨むほど嫌った荷風散人の心中慮れたり。こういった一流ホテルなどは一張羅を着せられ連れて行かれ行儀よくすることを強いられ乍らも子どもながらにその雰囲気といふものを体感し飽きても我慢することで帰りに玩具など買ってもらえたは昔。今ここでこうして作法も知らぬまま騒ぎまくる子どもらが大人になった日想像するだけでも憂鬱なり。Peninsulaまで来たついでに文化中心に寄りLorin Maazel率いるNew York Philharmonic十月に来港にてラフマニノフのピアノ協奏曲2番、シベリウスの2番と二晩にわたり拝聴せむと切符を購おうと日程見れば丁度離港中のことと判り断念は残念。Peninsulaのバーで一飲を逸し天星小輪にて麦酒一缶飲むがこの尖沙咀から中環までの距離と時間が丁度缶麦酒一本空けるに佳し。Oliversにて食料品購ふ。冗談でZ嬢に誕生日のプレゼントを貰っておらぬと軽口をたたけば好きなモルトを一本選べばと言われさう言われると躊躇してしまひ二人で飲もうとRansonの黒ラベルのシャンペン一本とワイン二本、それにGrand Marnier。一旦帰宅して晩に中学の頃に『香港通信』を岩手県遠野にて定期購読していたS嬢とその母君一年半ぶりに来港し灣仔六國酒店の粤軒にて晩餐。S嬢もこの春から明治大の学生。長谷川宏丸山眞男をどう読むか』(講談社現代新書)読む。丸山のいう戦前の超国家主義は先の敗戦でも解体などされず真の自由なる主体性も結局半世紀余経ってみて未だ確立せず、か。
民主党の党代表選挙の候補者、NHKの討論会に出ていたが4名揃い議論するとなぜか仙台とか金沢とかの古都の商店街振興会の如し。ジュンク堂など大手の進出に怯える老舗の書店経営者(横路孝弘)、倒産したデパート跡地のボーリング場支配人(菅直人)、祖父は市長、父も市議会議長まで市政に関与したが本人はイマイチの呉服屋の息子(鳩山由紀夫)、垢抜けない紳士物用品店を営むグルメ息子(野田佳彦)という感じ。
▼最近何かとNHKプロジェクトX風に言うことがZ嬢と流行っている。「あと一杯飲むかどうかの選択を迫られた。飲んだら電車はない。だがここで飲まなかったことで悔いを残すことを、その時富柏村は許せなかった。よし、飲んでやる。あとのことは知るものか」とか。味の素の元社員が同社の人工甘味料の製法特許をめぐりこの社員が受け取ったのは開発の報奨金としての1,000万円だけで米国企業より得たライセンス料227億円などについて報酬がないということで20億円の支払いを求めるもの。しかもこの社員というのがたんに技術職の研究者ならまだしも同社の中央研究所プロセス開発研究所長であるばかりか主力生産拠点である同社東海工場長や関連会社社長などを務め現在は取締役だ。そんな恵まれた開発環境でないなかで新しい製品を開発しそれが会社の主力商品となり本人は取締役まで出世する……プロジェクトXに出てきそうな美談である。莫大な利益を会社に齎したわけだが「うーん、製法特許ですかぁ、それを自分のものにして会社からたくさんおカネもらおうとかは考えてなかったなぁ。とにかく当時はこの開発をしてそれを商品化することだけが眼中にあったし、会社がその環境を与えてくれてたわけだから、まぁ欲張ってもねぇ」と本人はきれいな笑顔、奥さんも「とにかくこの人は一年365日研究ばかりでしょう。家帰ってきても休みの日でも台所で実験しちゃうし。でも好きなことやってんだからそれでいいかなぁ、ってねぇ」と。それが、である、会社にしてみれば報奨金は安すぎるかもしれない、しかし技術職から会社の取締役まで昇格させたことで、まさか取締役に20億円の請求を起されるとは。つまりこの次点でこの味の素の人工甘味料プロジェクトXでは扱えなくなってしまう。いかにプロジェクトXが予定調和的な美談に満ちているか、を痛感させられる企業の現実なり。