富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

八月二十八日(水)快晴。日剩度々登場せし築地のH君知りあって彼此二旬近し。H君は大学での余の指導教官の子息にてふとしたことでH君当時浪人中にH君係る自主出版の雑誌の担当者として知りあいH君大学進学し上京にて暫く付合いも途絶えるが余の上京で趣味芸道の類嗜好を具にする処多く永き付合いとなる。H君と同じ頃知りあいたる医者の同仁斎師、歌舞伎好きのT君は畏友中の畏友。H君昨晩歌舞伎座にて中村屋の「怪談乳房榎」のケレン愉しむ、とメールあり。ケレンといへば沢瀉屋なれどふと思い返せば中村屋との共演はなし。沢瀉屋といへばケレン、ケレンといへば沢瀉屋ながらH君中村屋を評し実事多少厳しいが権太勘平等世話物、八十助との踊り、ケレン、忠臣蔵でいえば中村屋は道行の勘平が本役、判官、寺坂平右衛門、桃井若狭介も佳し、女形でもお軽はきついが顔世御前はじゅうぶんいける、高師直をやらせれば巧いはず、と。且つアドリブの機転の好さ(アドリブでないのにアドリブのように見せてしまうといふ、これは口跡の悪さ補ふ芸風かと余は察するが、すらのも含めて)、さういふ意味では当代随一の芸域。さすが勘三郎、「兼ねる役者」六代目=祖父の芸を継いだだけのものはあり。親が早く死に沢瀉屋といふ特異なる家を継ぎ保守本流に対しケレンを売り物にせし沢瀉屋と恵まれた環境と厳しい父の下で自由奔放に育った中村屋の好対照か。この中村屋の広き芸風に匹敵するのは当代では音羽屋か、とH君。音羽屋との違いは「品」にて、法界坊とか音羽屋がやれば「あの音羽屋が」てなもんだが、中村屋のはもう本当に大衆演劇とかわらん。いい意味でもわるい意味でも法界坊そのもの、か。逆に音羽屋は「品がありすぎ」でどうしても柄を破らぬところあり。思ふに助六が実ハ曽我五郎「そして実ハ」団十郎、とつまり江戸の観客は一人の役から三つの像を見ている愉快さがあるわけで、音羽屋はあまりにも音羽屋すぎて役になりきる以前に品のある音羽屋であることばかりが目立つってことか。……と何処までがH君にて何処からが我かわからぬがH君に多く教えられるまま芝居談義。夕方ジム。石川淳『夷斎筆談』続けて読む。夷斎先生の文意博く余の浅学では読みとるに難し。昭和26年当時これが月刊『新潮』に連載されし当時読者これを読むとは当時の教養見事。恐らくは読者に漢学及び支那哲学の素養あること、当世の読書と違い書籍雑誌貴重な時代この文章も理解されるまで何度もじっくりと熟読されたであろうこと、読者が若き夷斎先生と同じ世代にて今でこそ古典的名著も当時はオンタイムであったこと。時代が違ふ。数年毎に何度か読んで年とともに理解できれば好し。同書「権力について」より一節を写す。
一般に、権力は精神の運動の場としての明日といふ時間を知らない。その謂ふところの萬世の利とはすなはち今日の利にあたへられた名にほかならず、権力のはたらきはそこに限られる。したがつて、権力の仕事である政治といふものは、いかなる恣意の形而上学的世界観をもつて擬装されてゐるにもせよ、厳密には世界観の発展に関係しないといふにひとしい。
政治家は政治、権力がこの程度の空しき現実であることを肝に据えその上で選挙にて選ばれた公僕として精進すべき。長野の康夫チャンや改革派首長らはこの政治、権力の空しき現実を理解した上で公僕たらむとしているのではないか。
▼ここに一枚の絵がある。一瞬、怪しげな宗教団体の宗教画のやうだがさにあらず。香港政府が月給HK$50,000以上の高級職公務員1,500名だかをを対象に開催した香港のおかれた現状と問題点を認識し今後に活かすためのセミナーを合州国のさういった能力開発セミナー専門会社にHK$300萬だかを払って一昨日から数日開催し、この絵はそのセミナーにて香港の置かれた現状を具体的に絵にして参加した官僚たちに易しく理解させるものである。言葉で話しても文章を読ませても理解できないから、絵か。幼稚園生なみ。しかもその絵がかぎりなくダサい。どうせなら小松崎茂の描くサンダーバードみたいな絵面にできればいいが、この絵はかぎりなく下手だし、こんな絵で創造する香港社会に未来なし。その上この能力開発セミナーに参加した官僚らは有益だった、と。彼の国にて開発されたMBAであるとかLaw Schoolのプログラムとて似たり寄ったりなのだろうが、結局、内容の乏しさに反比例するように「参加して良かった」と明日への活力だけは生む源泉となることは怪しげな宗教団体などの自己開発セミナーと一緒。企業研修などでもかういったセミナーが利用されるがさういふセミナーに社員を送らねばならぬやうな会社は三流。つまり香港政府も優秀なる公務員はすでに離解し三流といふことか。
▼昨晩よりNHKワールドプレミアム中継の虜となるが昨晩は日本のオジサンたちが涙して感動しているといふ「プロジェクトX」なる番組は過去の活力ある時代、日本が世界に向けて羽ばたいていつた(と思われた)時代を大袈裟に演出し不気味。作るほうも作るほうだがあれを見て涙しているオトウサンもオトウサン。どっちもどっちでそれでいいのか。あの放送があるからとさっさと飲み屋から帰宅を急ぐだけ肝臓にもいいか。受信料払ってるぶん民放のわけのわからぬ番組と違い涙できるだけ対費用効果あり?。今晩は「その時歴史が動いた」という番組。いきなり生理的に苦手な松平アナが画面に現われ「その時」ってタクシー運転手蹴った時か?と錯覚。かつてNHKにはやはり生理的に苦手な鈴木健二「歴史への招待」なる番組があったが鈴木健二の講談師か活弁の如きベッシャリに比べ松平公はせいぜい政治討論会の司会程度のしゃべりにてとても歴史を語るに値せず。やはり先輩名物アナを見ていると教養的な番組もきちんと自家薬籠中としており松平公もそれを望んだか。無理。語り下手。