富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

八月二十九日〔木)快晴。1969年に文藝春秋から出版された『香港いい店うまい店』なる書籍あり、タイトルからし文藝春秋の定番でありグルメ本の草分けである『東京いい店うまい店』の姉妹本だったのだろうが(それとグルメ本といえばやっぱり山本嘉次郎監督のだろうか)32年も前の香港のレストラン紹介本とは当時としては画期的なもの。この本の存在を国会図書館のアーカイヴで知り香港でさがすが見つからず週刊香港K氏によって国会図書館から複写を入手。かなり多くの店がすでになし。ふと気になりインターネットの検索にてこの本をさがすと僅かに一件のみ!それも北海道の稚内の大学の先生のサイトにこの本がリストアップされている。メールでお問い合わせすると早速返信あり大学図書館の廃棄本のなかから先生が偶然釣った、と。貴重な本がそうしてこの世から消えていくわけか。たまに偶然にもこうして山口昌男的表現だが知の釣り人のような人に救われる。そのI助教授はどうも富柏村のサイトをご覧になったことがあるようで恐悦至極。黄昏てジム。ふらりと銅鑼灣の池記に入るとけして広いとはいえぬ店に日本語轟き数えてれば八名の日本人観光客。さすが渋谷パルコと国分寺だかにまで支店もつ店で日本人旅行者にはお馴染か。池記、美味ひといふ評価もあるが個人的には麺といい湯といいイマイチ好きになれず。七月から読書に思索にと充実した日々を送ったものの週末に競馬今季開幕。本日出走馬確定と馬枠決定にて馬簿(レープロ)『大勝』購ひ、本日より週二日の競馬を中心に生活の全てがまわる日々となる。今季は競馬新聞としても充実している蘋果日報鳴り物入りで馬簿発刊。しかも蘋果日報購入しそれについているクーポンにて僅かHK$2にて販売とあっては『大勝』など既存の馬簿にとっては危機か。しかし実際に『排位王』を見てみれば蘋果の充実した競馬データに基づくとしては余りにお粗末な出来にて確かにHK$2といふ値段に見合ふもの。HK$2でもけして使いたひとは思へず。競馬といへば『香港ポスト』今週発売号に競馬開幕に合わせ競馬馬紹介の記事搭載す。
▼築地のH君によると先日語った河竹登志夫氏の本でソ連でのでの猿翁(当時猿之助)の「俊寛」評は――「日本の歌舞伎座の偉大な俳優市川猿之助の演ずる瞬間の沈黙場面は、観客を熱狂させた。この俳優の洞察力、その人間像の生命力の深さが感動させたのである」(モスクワ文学新聞)と「彼はその主人公の苦しみと悩み、その真実な高潔さ、とめどなき怒りを、きわめて確実に表現している。…これらの手法は約束事の上に成り立っているが、それらの助けを借りて真実の人間の感情が表現される。だから自分の友達の幸福の名において、自己の自由を犠牲にする、高潔な雄々しい瞬間が体験するドラマが、われわれの心を打つのである」(レニングラードスカヤ・プラウダ)と。H君曰く当時の(というか今もだが……笑)ロシアは俊寛の芝居の前提である「平氏にあらずば人にあらず」も「鹿ケ谷の陰謀」も知らないわけで、ただ普遍的な「人間ドラマ」としてみており、しかも俊寛が「宗教はアヘン」の僧都であること!もどこまでわかっていたか疑問、ひょっとすると俊寛は「専制権力をふるう独裁者・清盛への反逆を企てて流刑された革命英雄」と、スターリン専制の悪夢の時代を終えてフルシチョフスターリン批判をしたこの「雪解け」の年!は解釈されていたかもしれず。舞台の猿之助は、俊寛は本来宗教人としてその場面で献身とか自己犠牲を来たいされているはずなのに、逆にソ連のこの現状と観客の賛美が実はソ連的背景にあることに気づき、遠ざかる船を見ながらソ連での俊寛といふとりかえしのつかないことをしてしまったとハッとして(笑)あの取り乱しよう……とこの錯乱こそ「オリジナルの」俊寛(笑)、とH君。いつもながら深い考察である。こういうソ連的な、とか、「俊寛という人間の苦しみと悩み、そして真実な高潔さを表現したい」近代西欧主義の解釈もあっていいのかもしれない、が。……ただ問題なのはひょっとすると歌舞伎でもこういう近代的解釈でこの役をやっている人が(憶測なので誰とはいわないがこの日剩をずっと読まれている方ならそれが誰か察しもつくだろうが)そういう役者がいそうなのが怖い(笑)。
▼この日剩でも何度か取り上げたハート&ネグリの『帝国』は以文社から7月刊行といわれていたが未刊。昨年の9/11前に出ていればかなり良かったし少なくともグローバリズムの問題が関心をよんだ昨年から今年上半期まで、かなりこの『帝国』がマスコミ論評でも取り上げられ、あの時期には遅くとも刊行されているべき。韓国についで中文版もすでに発行されており翻訳出版王国であるはずの日本が……。原書で読まれるわけがなく、つまりそれだけ世界の論潮から日本が遅れてしまっている、ということ。
▼H君はサイトをもってないので自己発表してないから書いてしまうが、なんだか新聞で(私も読んだ記憶あるから朝日か)政治学の教授某が「民主党の若手議員と話すことが多いが、丸山真男の「忠誠と反逆」について話すとみな、大いに興味をもってきますね。反逆のないところに真の忠誠もないという」とかなんとか。民主党の若手といえば、みんなほとんど東大法学部くらい出てるでしょうが、東大出て政治家になってそれでいまさら「丸山真男」の話聞いて面白がってどうするよ?。読んでなくても「いや、丸山の限界というのはですね」と無理矢理展開してみせるくらいの見栄が欲しい。でなきゃ「僕も学生のころ読んで、それで政治家になってそのような日本社会のありようを少しでも変えていきたいと志したんです」で平均的な合格、のお答えだろう。それが「へえー、そうなんですか。それは面白い話ですね、先生」ではかなりマズい。こういう若手が自民党ならまだ10年は雑巾かけであるのに民主党では党首選の候補になりかねない。東大出て丸山真男は読んでないが松下整形……いや政経塾出身でPHPの本だけは読んでる、みたいな。岩波新書は読んでないけど『沈黙の艦隊』は熟読して国際法を理解してます、みたいな。それでリベラルです、ってネオリベラル、これはいちばん怖い。自民党の若手ならかつては極右の青嵐会とかあったが、あれは暴れているだけ(笑)、だから国政を左右するような実害がなかったのだが、かたや民主党はそんな若手が党首候補だ。昨日写した石川淳の言葉、読んで理解していただきたいもの。しかし読んでも理解できまひ。やっぱりキョービの政治家や官僚には「わかりやすい絵」にして見せてあげたほうがいいのか。