富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

八月十日(土)豪雨。いぜん風邪にて芳しくなし。昨日より寓居の床修理あり今朝よりその続きを待つが晝前に職人現れ床材が燥かぬため延期、と。昨日は今日すると云いつつ今朝は今日せぬと決めて来たこと明白にて床材が燥かぬなど言い訳。呆れる。晝に読書。晩の歌舞伎の切符を某所に置いたままであることに気づきバスにて取りに向い帰路は風邪未だ治らざるが山中の小径を一時間半ほど小走りにて帰途に着く。雨上がりにて所々岩場を見事に渓流が落ちてゆきその水音に心洗われる思い。Sir Cesil's RideはJardine's Lookoutの石鉱場先より賽馬山まで薮に近く歩きにくいがいたって平坦。それゆえQuarry Bayを望むあたりはジョギングトレイルとして整備されており雨止んだ午後幾人か走ったり歩いたりしているのだが突然初老の全裸のランナー余の目の前に現れ全裸でもランナーと称すはきちんとジョギングシューズを履き腰には水筒いれた腰帯を巻き手に何処ぞで脱いだらしきジョギパンを握る……不可思議なる姿。故に露出狂の変態先生ではなく自然の中は自然の姿でいるのが最適という主義者なのかとも思うがいずれにしても全裸には驚かされる。一瞬その初老の全裸氏も余に出くわし恥じたような相を見せるが小径多岐にわたる一帯にて余の進む方向とは別の小径に走り去る。余の先方を一人の夫人が走っていったわけでこの夫人もこの全裸氏に出くわしている筈だが悲鳴が聞えたでなく夫人はすぐ折り返して平然と全裸氏の走り去った方向へと走りすぎ(まさか妻ではあるまひ)、さもするとこの一帯では有名なる氏なのかとも察す。いつも全裸で走っていればたまに着服であると「具合でも悪いのか」と皆が心配するとか(笑)。自然公園のあちこちに老人たちが作った自らの「チーム」の秘密基地あり。子どもの頃作った小さな空間と同じ。晩に橘屋(萬次郎)の歌舞伎公演。96年に橘屋が播磨屋と香港公演ありこの時は橘屋の藤娘に播磨屋と鳴神を演ず。翌97年には台湾にて橘屋が父・羽左衛門丈(17代目)とともに公演あり勇んで高雄まで見物。今回は(今回は舞台の下手に仮設の花道があり通常の花道はないが、もし花道あれば)一列目花道角の素晴らしい席。橘屋が二人の息子(竹松、光)を従え連獅子、それに藤娘。前半はいわゆる歌舞伎教室のノリでツケ打ちだの鳴り物の紹介。初めて歌舞伎を見る者には面白かろう。連獅子を見て最近評判だったのも勘九郎勘太郎七之助を従え踊ったのがもう十年ほど前かと思いだす。この萬次郎の倅、竹松君か光君のいずれかが18代目の羽左衛門を襲名することがあるのかもしれぬと思いつつ連獅子を眺める。竹松君は視線が床に落ちてしまうこと、光君はまだどうしても視線が父と兄の動きを追ってしまうことは子どもながら役者にとしては努力すべき課題。藤娘。踊りの前に解説を入れてしまい「暗転から急に灯が入り」などとせっかくの演出を解いてしまふのは如何なものか。藤娘は六代目により完成されたという現在の型であればこの継承者としては当然のことながら六代目を祖父とする勘九郎、系譜上は六代目の孫にあたる当代の菊五郎が立ち役が「かねる」で藤娘を演じる適役となるが、17代目が六代目の甥にあたるということは萬次郎は大叔父である六代目の藤娘を女形として継承できる立場であり今回は五年前のエアロビの如きデジタル時代の藤娘に比べかなり踊りもゆっとりとして色気を見せる。女形の藤娘というと故・梅幸の強烈な藤娘の印象がいまだに脳裏に鮮烈。こうして海外でまで歌舞伎普及に努める萬次郎氏の姿勢はさすが市村座の座頭としての面目。芝居ハネて歌舞伎好きのK夫妻と軽く食事という予定もあったが風邪でとてもお相手できずZ嬢とM君と尖東の五味鳥にてさっと焼き鳥をつまむ。明日が日曜で定休だからか店を閉める時間に毎晩の所作以上にあれほど焼き場などを浄めるのかと知ってまるで聖なる儀式のようで感銘。
中央アジアトルクメニスタンにてニヤゾフ大統領の終身制決議という記事(朝日)を知り余の愚学ゆえ物知らず検べてみればニヤゾフは生粋の党員にてトルクメニスタン共産党中央を振出しに80年代中葉にはソ共産党中央委員会組織党務部指導員となり85年トルクメニスタン共和国閣僚会議議長にまで出世、86年ソビエト共産党中央委員、90年ソビエト共産党政治局員。ソ連崩壊にて共産党が打撃を受けるなか「何故か」同年のトルクメニスタン大統領選挙にて98.3%の驚異的得票率にて当選。91年にはトルクメニスタン民主党(!)党首に選出。92年大統領再選(得票率は99.5%!)94年国民投票により大統領の任期が2002年終まで伸び今回 終身大統領に。ニヤゾフの名を冠した施設など数余多、大統領と首相を兼任し独裁である民主党党首で軍最高司令官。トルクメニスタンに存在する新聞、テレビなどマスコミの全てがニヤゾフによって設立され、更に暦の編纂なる帝にとって最も重要な機能にも着手し1月を自らの尊称であるトルクメンバシ(国父)の月と云い4月を大統領の母の名にする!、大統領の「黄金の治世」を記念し世界最大級のモスク建造等々……かつてのスターリンソ連、チェチェ思想北朝鮮、中国も真っ青の独裁国家ここにあり、と思が「低開発か貧困なる地域に独裁あり」といふ伝統からは外れ西をカスピ海に面し南にイラン、東南にアフガニスタンありとかなり「キナ臭き」場所にて「永世中立」を宣言し天然ガスは21兆立方メートルと世界第三位の埋蔵量、石油埋蔵量もクウェートのおよそ2分の1と恵まれと当然のことながら合州国も当面はニヤゾフ支持(笑)。対中政策も安定し、つまりはかつての共産主義型独裁とシンガポール官僚主義独裁の最も機能的な部分を統合した体制をとる世界で最も豊かで安定した一党独裁国家でありつまりニヤゾフこそ21世紀の世界で唯一の皇帝なり。
▼物理学者で横浜市立大名誉教授の都築卓司氏が逝去(74)。講談社ブルーバックスより『タイムマシンの話』『不確定性原理』や『四次元の世界』を上梓と訃報にあり幼きおりそれらを楽しく読ませていただいたが自然科学への芽はいっこうに育たず今日に至る。確か『マクスウェルの悪魔』も都築氏だったか。文系にもわかる物理と宇宙の話で見事な筆致。