富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

七月初一日(月)曇。借りてきた谷崎光『てなもんや商社』(文春文庫)昨晩と今朝方に読了、「なるほどね」といふ感じ、中国を知っていれば驚くほどの事もなし、むしろ日本の企業の体質、人間関係のほうが面白し。香港返還五周年。朝九時より會展にて第二任行政長官及主要官員就職典礼ありテレビ中継見る。保安局長・葉の全く似合わぬお嬢様ルックに朝から不快感。それにしても国家主席夫人老いが目立ちファーストレディとしての務め痛々しく不憫。もともとまさかかういふ立場になるとは思っていなかった夫人ながら北京中央にスタイリストはおらぬのか、田舎の衣料品店で購ったようなスーツに髪形も起きがけに水で濡らし畑仕事ぢゃないのだから。昼にジム。国家主席夫妻が空港から離港する現場中継、あの夫妻で両手挙げる様はなぜか笑える。江沢民天安門事件のあと趙紫陽失脚で青天の霹靂にて上海市党書記より国家主席に大抜擢された当初は慣れぬ高職におろおろしていたものが十二年もするとすっかり尊大ぶり見事、役が役者を作るとはまさにこれか。台湾の季君・臣登輝とて同じ。返還の時もそうであったが国家主席らが返還記念日の午後には香港を発ち北京に戻るはこの祝賀、本番は返還記念日の晩の北京にて、香港は所詮出先の現場にすぎず。英国より香港を取り戻した国家=首都こそ主宴といふわけ。Z嬢と買い物、粗呆区も外れBridge StのXtconice Gelatoにてジェラート、香港に本格的なジェラートがなきことに触発された伊太利好きのカナダ人の営むジェラート屋、秀逸。なぜ場末の人通りも乏しいこの場所にジェラート屋かといへば元々は伊太利料理屋への卸し。Staunton Stの皮物屋liancaも皮デザイナーが営む自社製品はなかなかの品ぞろえ。探していた黒皮紐も携帯ストラップ見つけ購ふ。今宵は返還記念の花火。酒場トンズラI君来宅。黄昏つつRansonの黒ラベル、花火見ながらMoet&Chandon、花火終わり伊太利のシャンペンProsecco飲みつつZ嬢お手製のパイと本来I君のものながらウチに置きっぱなしの中華高橋の砂鍋排翅を賞味。いくらなんでも一晩で三人でシャンペン三本は飲みすぎだよ。花火終わりI君珍しく正気のまま帰宅せし23時に雨となる。
▼英国ブックメーカ早くも2006年のW杯優勝オッズを公表。賭け始まる。伯剌西爾5.0、開催国独逸7.0、仏蘭西7.5、伊太利8.0、亜爾然丁8.0、和蘭9.0、西班牙10、英格蘭10、葡萄牙17倍にて10番人気コロンビアは41倍と大きく水をあけ土耳古は13位の67倍、韓国ならびに日本は151倍。中国の601倍は中国の面子潰しか、スコットランド751倍、ウェールズ2501倍、北アイルランドとなるとなんと5001倍と最下位も最下位。United Kingdom、イングランド以外の諸国ここまで弱いとは思えぬがこれも英国なりのジョークなるものか。これくらい煽って賭けさせる、と。
週刊読書人にて白井義男の世界タイトル獲得半世紀記念『日本プロボクシング史』刊行にあたり安部譲二福島泰樹の対談は格別。かつての朝日ジャーナルにて別役実朝倉喬司による犯罪季評という対談があつたが何故かそれを彷彿。大人の男どうしの対談。最初軽いジョブの打合いに始まり話題が進むにつれ乱打戦となり次々と往年のボクサーの物語が湧いて出てくる世界。福島がトレーナー関光徳が具志堅用高の防衛記録を破るような王者になってほしいと育て挙げた新井田豊が15戦で世界チャンピョンとなったのに腰痛と「達成感」を理由に引退したことを挙げ15戦でなにが達成感だ、周囲がどれだけ苦労したかこの若造は恩返しもせずに一度の防衛戦もすることなく辞めていったと言えば、安部が「ファンが見て、何を一番美しいと感じ、しびれるかっ(ああ美しい言葉だ)ていうと負けるところですよ」とファイティング原田がライオネル・ローズに負ける試合を挙げて「あれを見ていて、ボクサーが最後に倒れるのは、定期貯金が満期になったみたいなもので、めでたいこと」「打たれながら少しずつ定期貯金みたいにたまってきて、最後にあんなフックで倒れる」それが美しい、と。御意。斉藤清作(たこ八郎)の話題まで取上げ見事な対談。
▼昨晩の交通渋滞とバス路線変更は江沢民君、銭其深君らの来港により旧総督府にて晩餐が為と知る。メニューは龍蝦沙律、金牌原味焼鶏、日式天麩羅、西班牙凍腸、翡翠白玉會珍寶茸、炭焼極品牛柳、港式上湯鮮蝦水餃、薄荷蘋果慕絲、葡萄酒はPuligny-Montrachet Pre.Cm.1999及Carruades de Lafite 1996 Rothschild(勿体ない)。
蘋果日報の返還五周年特集、編輯の巧さ。朝日新聞も四頁の特集と気張るが赴任して一週間も経たぬ総領事と律政司・梁「好日」愛詩の祝辞、朝日香港版常連の香港大のディクソン・ウォン君と謎の弁護士ケニー・ラムの代わり映えなきコメント、それに企業広告といふ内容。見出しで董建華の任命問責制を「大臣制」と云ふがこれは広義の内閣制ではあるが国家にあらず大臣制とは云はぬ。
週刊読書人にて田原総一朗「取材ノート」。この人の論理性のなさはわかっているが文章表現の緩さ目立ち「日本でのワールドカップ熱はすさまじい」で「テレビ中継された日本-ロシア戦の視聴率は瞬間的に90%に迫った」で「横浜スタジアムで観戦したファン、国立競技場などで大型プロジェクターを集団で観戦した若者も多いので」とここまでは事実だが「ほとんどの日本人がこの試合を見たことになる」と(笑)。なぜ「テレビを視ている人の」九割がこの試合を視ていたからといってそれに十万人ほどの横浜と国立の観衆で「ほとんど」になるのか……。W杯など興味なき者は最初からテレビ中継も見ていないし横浜にも国立にも赴いておらず。そういう誇大妄想はこの人の常だから今さら驚かぬが「日本チームが出場しない外国チームどうしの試合にも、日本のファンがスタジアムを埋めつくし、それぞれの国の熱心なサポーターを務めた」ことでそれを各国が「こんな国は他にない、とさかんにほめてくれた」わけで「つまり日本人は予想外に国際性があると、あらためて評価してくれた」と。確かにそれぞれの国は日本の応援を歓迎したが、そこから国際性があると評価してくれたか?、私はそんな論評は残念ながら見ていない。むしろ嗤われていた。他国チームを無節操に応援することと国際性にどういう因果関係があるのか教えてほしい。そればかりか田原は「わたしは、ひそかに、戦後の日本のありようは間違っていなかったのだと合点した」そうで「戦後民主主義については批判の声が高い」が「アメリカは、つねに敵をつくることで国民の団結、求心性を高めさせている」が「日本は敵をつくらない教育をしてきた」から「その成果がワールド・カップで示されたのである」と。返す言葉なし。私は戦後の民主主義を否定せぬし護憲であるし(そういう環境で育ちその環境を享受して今日かうしているのだから)しかし「このW杯で」「日本の」平和・国際主義を声高らかに世界に宣えるとは思へず。ましては日本の良さを述べるが為に合州国ステレオタイプに引合いに出す、この安易な修辞が田原総一朗が一流のマスコミ言論人であると思うと理解できず(……つまり三流か)。かういふ安直なる戦後主義者の一文を読むと思わず右翼保守反動諸君のジレンマも理解に易し。「日本は敵をつくらない教育をしてきた」のは事実であろう、では「見方はいるのか?」。