富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

六月二十九日(土)晴。久々に梅道から山頂のBarker Rd、Coomber Rdを抜けBlack's LinkよりDeep Water Bayに下り南湾まで走る。一時間四十分。海で中西進『万葉の秀歌』(下)講談社現代新書読む。万葉の歌を読むたびに人間といふもの感性など寧ろ退化しているのではと思わされる。風、霧、雨といったものになぜにあそこまで感じてしまへたのか。海で波の音を聞き雲が流れその間に間に光がさしてもそれを万葉人のようには感じられぬ我。晩にランニングクラブ例会にて銅鑼湾・功徳林にて精進料理。かつて上海の映画制作人であった老板が美食を続けた末に体調を壊した反省より始めたという由来の店にて味は確かに他の素食に比べ抜群だが油が多いのは気になりゃせぬか。厠所から戻る廊下にて棟続きのカラオケから歓声あがりW杯三位決定戦終わったことを知る。K氏が咄嗟に日本の家族に電話して(笑)結果聞き韓国負けるを知る。祝儀で韓国××したのは祝儀ゆえにいいがつい欲を出し明日の決勝戦伯剌西爾と××して××したことが悔まれる。勝負はそう単純ではなし。
四川省の国立パンダ増加研究中心にて晩生にて雌と交尾を恥じる雄パンダに他のパンダの濡れ場映像を見せ交尾に馴染ませる実験開始と一昨日の新聞各紙。パンダを自然から隔離し施設に閉込めることじたい非-自然でありパンダとて晩生もいれば性接触に関心示さぬパンダがいても不思議ではなくパンダを増やさんが国策のためにパンダも不憫。この実験に更に怯え檻の隅に縮こまるパンダの写真は残酷そのもの。この不自然な視聴覚教育を試みる人間という生物こそ奇っ怪。まさにフーコーの世界。
荷風斷腸亭日剩昭和七年十月初三日の日記より。満州外交問題の記事紙面読む荷風散人曰く。
余窃かに思ふに英國は世界到る處に領地を有す。然るに今日吾國が満洲占領の野心あるを善ばざるは奇怪の至といふべきなり。然りと雖日本人の爲す處も亦正しからず。二十年前日本人は既に朝鮮を其領地となし今日更に満洲を併呑せむとするは隴を得て蜀を望むものなり(柏村注)。夕を仁義に假り平和に托するは僞善の甚しきもの。弱肉は畢竟強者の食たるに過ぎず。國家は國家として惡をなさざれば立つこと難く一個人は一個人として罪惡をなさざれば生存する事能わず。之を思へば人生は悲しむべきもの。然れどもつらつら天地間の物象を觀るに弱者の肉必ずしも強者の食ならず。猫と鼠とは同じき家に在りと雖鼠は常に能く繁殖して盡きざるなり。深山幽谷には鷹あり鷲あれども燕雀は猶能く嬉戯する事を得るなり。都會の喧嘩に慣れ電線に群棲し人家の殘飯に腹を満すは雀の能くする所にして猛鳥の學ぶ事能わざる處なり。猛鳥にして一たび深山を出でて人里に來らば忽餌なきに至るべく燕雀は人家の軒に濳んで始めて安全なる事を得。天地の生物は各其處を得て始めて安泰なり。弱肉必しも強者の食ならず。
日本の満州侵略の貪欲を強者弱者の例えにと猫鼠、猛き鷹鷲の類と燕雀で天の理を説くはまさに荷風散人の骨頂なり。
(注)隴は現在の甘粛省の地名、蜀は四川省。貪りて飽くことなきを云ふ語。御漢書より。