富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十二月六日(木)曇。季嘉誠が成功の秘訣として理性(IQ)智商、情緒(EQ)智商、心霊(SQ)智商を挙げている。競馬にては大切と拝聴しておくかと思う。世田谷のT君よりメールあり成駒屋の岡本町の邸宅は大成駒の逝去後売却決定と。この御時世に梅玉、松江の兄弟では相続税考えれば相続できぬか。大成駒の道成寺や籠釣瓶で「岡本町」と掛け声がかかったのも懐かしき。今の役者では芝翫の神谷町くらいか。辰之助紀尾井町と声をかける気にはなれず。それにしても歌舞伎の役者が邸を構えることは九代目団十郎、二代目左団次、七代目幸四郎、六代目ときて大成駒がもう最後か。かりに新之助成田屋の十三代目として成功して何億円の豪邸といっても(ここでは松竹がそこまで払えるかという問題は別とする……汗)もはや古風な邸など無理な話。それにしても勿体なき岡本町の邸。ナショナルトラストとまではいわぬがせめて朝倉彫塑館、いわさきちひろ美術館、長谷川町子美術館のように私邸を保存し一般に公開できないものか。中村歌右衛門ぬいぐるみ博物館(笑)。大成駒の棺には「ココアちゃん」なる名前の海外公演時に必ず連れていったコアラのぬいぐるみが納められたとは今日まで知らず。もしこの邸が解体されるのならせめて跡地はカジノにでもするのが故人への贐か。再び佐敦の和味粥店にて及第粥。至極。粥をふーふーと食しながらふと思い出すは20年近く前に初めて独り香港を訪れ佐敦の今はなき富士ホテルに投宿、佐敦は廟街のあたりに「潜入」し偶然入った店が今思えば潮州系の牛南など煮る店にて出された牛の内蔵に生まれて初めての強い香草に閉口し殆ど口にできずに終わる。当時はまるで深夜の大冒険のように興奮していたのが丁度この周辺か、と。まさかこのあたりが生活圏になるとは当時思いもせず。