富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

九月十六日(日)快晴。Mclehose Trailの一、二段をトレイル練習、我が小隊はH氏と二人にてW会も大隊にて同じコースを歩めばそれに合流す。湿度は62%と香港にては乾燥警報並ながら気温32度はやはり暑くGatorade4.5Lほどを飲み干し5時間15分。往復のバスにて江戸英雄『すしやの証文』中公文庫読了。香港の古本市にて得たということは三井物産の社員でも残した古本か、いずれにせよ戦前の財閥のいちばん豊かな時代を知る最後の三井の長老、茨城は筑波の在の出身にて旧制水戸高校を経て大らかな時代、三井の大番頭でありながら畠仕事で肥料にと糞尿かつぎを随筆にできるだけさすが大物。ふと思いだせば、8月に山極圭司『青春三十年1920−1950旧制水戸高等学校物語』(朝日新聞)なる本をふと読んだが、あれは昭和40年代前半?この旧制水戸高校の、江戸英雄の随筆から遡ればおそらく創立50周年記念祭とかに該当するのだが、今はなき学校跡地(水戸日赤病院)にてその祝祭があり、商売柄水高生がかなり屯していた我が家なる由にて祖母に連れられこの祝祭夜に赴きし事あり、まだ四つか五つの我には老人がバンカラに袴羽織高下駄で太鼓を打ち鳴らし肩を組んで校歌寮歌を熱唱する様は異様にてかなり脳裏に焼き付きしものが、今になっておもえばそこに舟橋聖一、江戸英雄、赤城宗徳宇都宮徳馬後藤田正晴、財界のお歴々など錚々たる面々が集っていたことは確か、それにしても勇壮なる式典であったと懐旧。かつて香港におり仕事を共にしたS氏O嬢夫妻、S君それにJ嬢と再会、拙宅にて夕方盃を交わしRobinson RoadのRicosに実に七年ぶりかで出向き夕食。かつては予約なしでは卓もなかったレストランも粗呆地区のレストラン乱立からか飽きられてか客は少なし。