富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

四月十二日(木)山口瞳の随筆はだんだんと氏の病ひがひどくなってゆく。微熱が続くとかカラダの何処其処が痛いとかそういうことだけではなくて、最後まで一度も休載せず書き続けている中で文章が、である、一読しただけでは文意が解らぬことが徐々に多くなっていく。話も話題を変えているのではなく、話が跳ぶ。死に向かって一歩一歩近づいていることがわかるのだ。姿勢は優雅でもある。でも「老酒」なんて随筆はいいなぁ、病院での検査が一段落しての妻との銀ブラなのだが、癌で入院する氏が、である、日本橋丸善でステッキをちょっと短くしてもらう、クロスのフェルトペン、高島屋の帽子売り場、銀座に出てフジヤマツムラ洋品、手頃な旅行鞄、麻のワイシャツ、布製のベルト、いわゆる夏用のペラペラの軽いレインコート……みんな外出に要る物ばかりじゃないか、銀座の見番は何処だったか場外の傍か?、氏が若い頃初めてコンドームを買った薬局で日常薬を購い、そして維新號で叉焼麺を食す、医者に止められている酒を妻がちょっと飲みましょうかと老酒を注文する、それが銀ブラで心底疲れている氏が(常人の疲れではないのだ)呑むと老酒がやけに熱く食道から胃のほうに染み込んでいく……。読了。