富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

1月15日(月)寒波来襲と天気予報捲し立てしものの寒さイマイチ。昨日のG1、Stewards' Cupは単勝が一時は1.1倍まで、つまりは1.0倍に限りなく近き○蝦王が単勝1.3倍まで嫌味感でたものの順当に快勝。仕事多忙。香港大のアジア研究センター編『閲読香港普及文化1970-2000』(「香港」牛津大学出版)并に黒楊&方蘇著『上一代』を捜し銅鑼湾書店并田園書店にて見つからず、佐敦にて商務印書店を訪しが商務印の書籍揃え著しく貧しき様に唖然とす。三亜にて羊肉カレー美味なれど巴基斯坦裔の若者は外套を羽織ったまま給仕、薄暗い店にて店員がこの様では香港の客が寄りつかぬも道理、客は余と英国より来港し云々と給仕と話す印裔のみ。尖沙咀の洪葉書店にて『閲読香港普及文化』、田園にて『上一代』を購う。方蘇氏はかつて『九十年代』編集部にて一度拝顔せし御仁、90年でもかなり老年と思いしが1951年生、当時39歳とは。相方の李怡氏が政治論客に対して方氏の文人肌、絵も好くしたが編集から退き今は専業画家、この書の表紙絵の老婆の背姿もかなり好し。週刊香港の初稿、編集K氏からのコメント受け呻吟。『信報』にて隠居の身とはいえ陸鏗ほどの評論家が台湾問題にて李光耀を讃美、讃美だけならまだマシ、中華統一を謳うにトインビーの化石の如き「19世紀は英国人の世紀、20世紀はアメリカ人の世紀、21世紀は中国人の世紀」なる辞を羞恥心もなく引用、それにて論を締めくくりし醜態、バンコクにての原稿にて辣い食物に当ったか遊び過ぎか。鑽石山の詠藜園、部落の解体にて閉業、蔡瀾氏の老後ビジネスにて蔡瀾美食坊にて再開となりし、劉健威氏が連載にて詠藜園が坦々麺が美味いといえども其れは四川坦々麺とは異る湯麺、四川は何といっても辣麻に砕米芽菜、確かに辣麻は灣仔Q麥ですら乏しきもの、劉氏は深セン四川料理屋を勧め納得。文化欄に「ワイルドとマルクス」なるかなり長文あり何故に経済紙が、と感動す。