富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

「館長としての吉田秀和さん」

農暦八月廿七日。気温摂氏21/24度。晴。早晩に水戸駅前の環翠。新聞記者のK氏と飲む。話のネタも尽きないがK氏もかなりお酒のイケるクチであっといふ間に3時間でお酒もかなりいたゞいた。


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K氏と別れてから老舗のジャズバーS&Fに独酌。何かリクエストは?と尋ねられマル=ウォルドロンをお願ひしたらマスターはこのアルバムをかけてくれた。ワイルドターキーをダブルで2杯飲む。


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昨日、母からお二方続いたといふ訃報をLINEで受け取つた。お一方は同じ町内で老舗の三代目だつたKさんでまことにスマートで品のある方だつた。享年八十八。もう水戸の最後の旦那衆の一人だつただらう。お酒もタバコもやらず、それでも宴会には付き合ひ町内に最後まで住まわれてゐた。もうお一方は佐川一信・元水戸市長の盟友であり水戸芸術館を地元の企業人として支へ続けてきた吉田光男氏。享年八十九。水戸芸術館の母体である水戸市芸術振興財団は理事長の森英恵さんが亡くなられ、それに続いて副理事長だつた吉田氏の訃報。館長の小澤征爾氏も闘病生活を続けてゐる。次の世代は何うバトンを受けてゆけるのかしら。


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水戸芸術館開館30周年記念誌にある吉田光男氏の吉田秀和先生の思ひ出。素晴らしい内容と筆致。経済人で教養と文化の素養がこゝまである方はなか/\ゐない。吉田秀和先生が亡くなりサントリーホールで水戸室内管弦楽団による追悼コンサートがあつたとき美智子皇后さま来臨され皇后のお隣に侍りご説明などされたのが光男氏であつた。芸術館でのコンサートにはいつもご夫妻で来られてゐたが数ヶ月前からお姿を見なかつた。まだ暖かくもならない日暮れの早い春だつたか傾城水戸でお会ひしたとき「買ひ物すると帰りはバスに乗るけど来るときは健康のため歩いてくるんだ」と元気にお話しされてゐた。ところで、この「館長としての吉田秀和さん」の話の最後に出てくる「裏の豆腐屋」も今はない石川豆腐店。アサヒ模型といふかなりのレベルのプラモデル屋の隣。