今日の水戸の最高気温は摂氏38度の予報。内陸部に比べ夏の最高気温が数度低い水府だが今日ばつかりは、さすがに「命を守る行動を」とまではいはないが「これまでに経験したことのない」のノリ。だが観測史上の最高気温は1997年7月5日の摂氏38.4度で昨年8月11日も37.6度を記録して、あの日は本当に肌を炒るやうな日ざし。それに比べると今日は台風の余波で風も強く(最大瞬間風速15.7m)そこまで気温上昇するか?と思つたら摂氏37.4度止まりだつた。それでも十分に熱いが。
家人が高速道路走行デビューして常磐道から圏央道経由で一緒に佐倉へ。道中かなりの強風。佐倉は雲一つない快晴で気温33.6度。さすが堀田様の御城下、市中の蕎麦屋も他所なら一流の料亭か宿場町なら本陣のやうな設らへ。穀倉地帯なのに最大で11万石で石高と実際の経済力、民度の差をつくづくと感じる。
佐倉は先の戦争でも空襲の被害なく市中に古い建物が多く道路も昔の突きあたり、行き止まり、クランクが多く漫ろ歩きが面白い。今日は猛暑で一歩も歩いてゐないが。茨城でいふと佐竹さまの太田がそれ。水戸も台地に市中あり規模はもつと大きいが残念ながら空襲で全焼なのが残念。ところで御城下といふが佐倉も常陸太田も水戸も城に守られるやうに台地に市街がある。
麻賀多(まがた)神社に参拝。HPには「千七百年余前に印旛国造のイツコリノミコトが現在の地に麻賀多神社大神として崇め、以降近隣の麻賀多十八社の本宮として地元の鎮守様として広く皆様から崇敬されています」とあるが(アタシの日本語力では)意味不明。境内には樹齢千三百有余年誇る「東日本一の大杉」があり「現在はパワースポットとしても人気の場所」となのださうだがアトから知つて拝めもせず。神道は中心が空虚すぎてアタシにはどこかとてもわかりづらい。
今日は家人の実に何年ぶりなのか家族での集聚であつた。これ以上、家族水入らずに邪魔する野暮もしたくなく、いつもなら歴博にでも行くが今日は展示は「鯰絵」で、もうさういふ世界はスガの実物で十分なのでさて何うしよう。あまりの快晴。堀田さまのお邸跡は今日は休館日だつたがお庭には入れた。佐倉は徳川の江戸期になり譜代を置く江戸から東の要所であつたが江戸後期の堀田家の安定がこの土地からよく見てとれる。帰洛する家人の妹を佐倉の停車場まで送らうか、となつたが京成ならまだしもJRだと接続もあまりよくないやうなので船橋まで自動車で送る。
京葉道路を花輪ICで降りたら、さうでした、いきなり船橋競馬場。このあたり、ほんと個性的ですね。船橋は通りすぎることはあつてもマヂに船橋に来た、今回も意識して来たのでなく偶然だが、のは幼いころに「温泉と、海と娯楽のデパート」船橋ヘルスセンターに来て以来かも。あの昭和のパラダイスの跡地がららぽーと船橋。ららぽーとに来る人も、IKEAも他の湾岸の巨大消費場所も、そこに来る人はこんな競馬場周辺のダウンタウンな船橋は全く関係なく、競馬場やオートのレースに血眼の、自転車で京葉道路出口を平気で横切る妬きの回つたオヤヂたちも全く違ふ世界に生存してゐるのだらう。
船橋から三郷方面に向かふのに適当に高速に乗つたらまるで未来都市のやうな「外環道」の半地下道に入る。首都高の〈惑星ソラリス〉をさらにversion upしたやうな近未来的な無機的な自動車専用道路(2016年だかに完成して開通してゐたらしい)がむしろ胎内にゐるやうな勇気的な錯覚。そのドラッグのやうな感覚のまゝいつの間にか船橋から市川、松戸を過ぎ気がついたら常磐道とのJCTの三郷だつた。松戸で半地下から高架に出たあたりで筑波の夏の紫峰がまことに見事。筑波山は茨城で見るより、やはり昔なら浅草や、今なら松戸あたりから眺めると標高877mの「日本百名山」の最低山がじつに雄姿なのであつた。
水戸まで一気に走り久々にモスバーガーして帰宅。Ricoh GRの電池が過剰包装で届いてゐた。
今回の五輪では、関係者の「内輪の論理」が失態を招く事例が目についた。大会エンブレム、国際コンペで決めた新国立競技場の設計案、JOC会長の招致贈賄疑惑、大会組織委員会会長や開閉会式演出担当などの辞任や解任……それぞれの経緯を見ると、これらは「日本の関係者の内輪ならあいまいに済まされていたかもしれない」問題だ。しかし情報化とグローバル化が進んだ現代では、事態はすぐ国内外に拡散してしまう。そのため著作権侵害や女性蔑視発言なども、昔より大きな波紋をよびやすい。これに対処するには、個々人の意識の向上も大切だ。だがそれだけでは十分ではない。すべての人間が完全無欠ということはありえないからだ。そのため現代では、人間は不完全だということを前提に、権利関係、選考基準、決定プロセス、責任の所在などを明確にしておくことが重視されている。これなら問題が起きても原因を特定できるし、国内外を納得させる説明責任を果たしやすい。
逆に最悪なのは、上層部や関係者の内輪で不透明な決定プロセスをとることだ。これだと問題が起きたとき基準や経緯を対外的に説明できない。また組織上の原因を特定できないので、問題を起こした個人の心得が悪いという以上に発展しない。だから個々人に辞任と謝罪をさせるだけで組織運営は変わらず、同じような問題をくりかえすことになる。これは「内輪の論理」がたどる必然的な帰結だ。
これは今の政府も同様だ。いつも官邸の内輪で決定し、問題がおきると「飲食店が協力しない」「若者に危機感がない」などと国民の心得を責め、同じような失敗をくりかえしている。だが本来なら「国民全員が完全無欠の優等生でなくても機能する制度設計に努めるのが政府の役割のはず」だ。21世紀の国際イベントを前世紀の「内輪の論理」で主催するつもりだったなら、時代錯誤というほかない。