富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

香江第一筆・林行止擱筆

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香港の名誉ある高級紙『信報』で論評の林行止専欄を続けてきた創刊者、元社主の林行止氏がついに擱筆の由(本日の明報)。信報は1973年に創刊。この頃は第一次石油ショックで香港の不況も谷底であつたが香港の経済成長に合はせ信報は高級経済紙として信頼を保ち林行止がエコノミストであるばかりか一流の文人で文化欄などの充実も素晴らしく香港の高級オピニオン紙としての地位を確立。政治からは距離を置いてゐたが2003年に基本法23立法案については林行止は「如果日後通過的法例與我們現在所能理解的相距不遠,辦報便將隨時誤蹈法網,屆時我們便得因應《信報》是否能夠繼續辦得下去。」と危機感を陳述。2005年に経営権を李嘉誠次男のリチャード李澤楷に売却後、林行止は専欄の連載日を減らし半退休であつたが旺盛な知力で健筆は確か。それが今回の擱筆。当然のことながら国安法で言論の自由も脅かされる香港で中道リベラルも反政府的と見られるなかでの断筆かとも思はれるが林行止の高齢もありご本人は大局的にはまだ言論の自由の環境がある中での選択としてゐる。いずれにせよ香港のジャーナリズムにとつては最も功績のある言論人の引退であり、この時期であることが何とも。この林行止の書き残した文章は後世に遺る言論の至宝である。この日剰での最初の林行止に関する言及(2001年11月2日)は

オサマ・ビン・ラディン師の名前がOsamaとUsamaと異る綴りはTransliteration(音訳)とRomanization(ローマ字化)の違いにて音訳に従えばUsama ibn Ladinとなるが流行のペルシア湾岸方言にて(ibnと)同音のbinは「……の息子」を意味し即ち「UsamaはLadinの子」。それ故に当初Ladinと呼ばれていたが急きょbin Ladinとなったのはladinでは不確かで「Ladinの子」こそUsamaのことなる意の由。

と林行止専欄の記述を紹介してゐる。それから何度、林行止に言及したことか。一度は林行止専欄に誤記あり、それを指摘したことあり(2010年9月17日)。

昨文把音速寫成光速,為筆者之錯而非「手民」之誤;十四日本欄說青木幹雄當二天日本首相,讀者富柏村詳細指出青木為小渕惠三政府(一九九八年七月三十日至二〇〇〇年四月五日)的內閣官房長官;小渕首相因腦梗塞住院,青木幹雄遂做了「數天」的「首相臨時代理」(代首相),這即是說,在第五十四任首相小渕惠三及第五十五任森喜朗之間並無其他正式首相。謹向諸位致謝。

誤記の理由について林先生曰く「把音速寫成光速,為筆者之錯而非「手民」之誤」。連日、4千字ほどの専欄を執筆で。この誤記は本人がとんでもない速さで書いたことでの誤記であり「手民」つまり写植工のミスではございませぬ、と。こんなところでもウィットに富んでゐた。この信報(▼)の政経短評は董事無記名(林行止)。36年経つた今この「寓話」を読んで行止先生の先見の明に唯々敬服あるのみ。

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林行止「政経短評」信報1984年1月13日

本日農暦六月廿一日。大暑過ぎて早朝など幾分か涼しげ。ほんの少しだけ秋が近づいてゐるのを感じる。茨城県も感染者は過去最高の222人ださう。取手やつくば、古河など東京と通勤圏が多いが水戸も駅も通勤も全くの平常で人流の抑制などできてゐない。もはや通常のインフルエンザと同じ認識だらう。いずれにせよ猛威を振るつてゐるのはデルタ株ではなくスガ株。

夕食の時間に夕食が不味くなると思ひつゝスガの記者会見を見てしまふ。こんな恥をかくために政治家として立身出世してきたとは。本当にスピーチがヘタ。秋田弁だから、とか滑舌に難がある、とかさういふことではない。心も籠つてゐないし晋三のやうな熱意もない。うんざり。何だか「やりぬく決意であります」といはれても空虚で何もつたはらない。

江川紹子)人流を減らす目標と、それを実現するための方法を具体的に説明を。またオリンピックはテレビ観戦を勧めたが、それだけでその人流を減らす目標が到達できるのか?
(スガ)これ、東京大会の開催が決定してから、東京都内における、これは東京都内が圧倒的にオリンピックの会場もありますから、そういう中で東京に集中する人流を防ぐための対策というのは当時から考えて行ってきています。それが車の乗り入れ3割減だとか、あるいはテレワークによってたしか6割ぐらいだったと思いますけれども減をするとか、それは東京都と連携して、そうしたことを対応してきているということも、これは事実であります。そして、無観客でなく一定数観客を入れてのときでも30万は首都圏の人流を少なくする、そうした対策を練っていましたので、そうしたものに基づいて今、行っているということであります。
(江川)具体的な目標は、今の目標は?
(スガ)ですから、大会に集中する人のそれよりも少なくするということです。ですから、そこはできていると思っています。
内閣広報官(オノヒカリコ)が「自席からの御発言はお控えください」と江川質問を制止して尾身会長が「今、ワクチンのことですよね」と質問を引き取る。
記者からの質問の最後はJDW(Jane's Defence Weekly)の高橋浩祐記者。
(JDW)今日の会見ではデルタ株の猛威、急速な広がりが今の感染爆発の原因としてゐるがデルタ株は世界的に春から猛威を振るつてゐたわけで「デルタ株の猛威が原因じゃなくて、あまりにも甘いこのシミュレーションというか見通しの上で、このデルタ株を見くびっていたことが、一番、今回の感染爆発の背景にあるのではないか。その甘い根拠なき楽観主義の下で、またオリンピックをこうやって開催していることが感染をまた引き起こしているのではないか。この感染の波を止められずに医療崩壊して、救うべき命が救えなくなったときに、総理の職を辞職する覚悟はあるのか。明確な答えを。
(スガ)私はこの問題に対して、例えばインドであのような状況になったときに、水際、インドを始め関係国から日本に入国する方については水際対策というものも、通常の6日とかそれぐらい延長して、しっかりと入国した人についてはチェックする体制という水際対策というのはきちんとやっています。そして、今、このオリンピックというのは、正に海外の選手の人と入ってくる方たちと完全にレーンを分けていますから、そこで一緒にならないようにしております。そうしたことでしっかりと対応させていただいているというふうに思っています。
内閣広報官(オノヒカリコ)がこれで「それでは」と会見を終了しようと試みる。
(JDW)辞職の考えについては?その覚悟について教えてください。
(スガ)私がこの感染対策を自分の責任の下にしっかりと対応することが私の責任で、私はできると思っています。

国民の誰もがスガにそれができると思つてゐない。