富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

仁左衛門〈女殺油地獄〉


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香港で行政長官が中央政府出先機関・中联办の代表と同席するのは香港返還記念日や国慶節の祝賀であつて一国両制下で香港の通常の行政に関することで同席などあり得ないはずだつた。それが春節を前に林郑が中联办主任・骆惠寜と一緒に香港警察慰問だといふのだから。もはや香港の一国両制など記憶遺産でしかない。


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水府で田美小路の陋宅から歩いてすぐの大坂通に「小林」といふ米穀店あり。そこのおにぎりが美味しいと評判。この界隈に転居して4ヶ月目で今になつて食べてみる。たしかに良質の米を立派な炊き具合で握り飯の具も海苔もよい。お惣菜も美味しさうだつたが厚焼き卵も上出来でマカロニサラダは黒胡椒たっぷりで、とても万人受け狙つてゐないのが見事。この米穀店は屋根看板に「水晶米の店」「大町販売店」とある。水晶米は茨城のコシヒカリで、これの元締めは水戸地方食糧販売企業組合で、この「こばやし」といふ米穀店が、その食糧組合の「大町販売所」となつてゐるのは日本で食糧管理制度(食管法、昭和17〜平成7年、実質的には自主流通米認可の1990年迄)下に、この今の水戸の「食糧販売企業組合」の元が同制度下の食糧配給公団で、この小林といふ米穀店は大町にあつた米穀販売所の名残りなのだらう。

昨晩のことになるがNHKの劇場中継で松嶋屋の〈女殺油地獄〉を見た。2009年に歌舞伎座改築前の記念興行で松嶋屋にとつて河内屋の与兵衛役で当たり狂言はこれが一世一代。豊嶋屋の女房お吉が孝太郎で娘お光がまだ9歳の千之助。豊嶋屋に梅玉。河内屋の徳兵衛に歌六高砂屋はかうした役が上手。歌六も悪くない。お吉は「脇の甘い女で、その甘さが色気に裏打ちされて非業の死を遂げる」(湛君の弁)なのだが孝太郎さんは演技上手だが実父の演じる与兵衛よりも年増のカタギな女房に見えてしまふ。この松嶋屋のこの芝居で今でも忘れられないのが昭和帝崩御のすぐ後、平成元年3月歌舞伎座のそれ。徳兵衛は父・仁左衛門(先代)が入婿ゆゑの悲哀を演じきつてみせた。お吉はこの年に数へで古希の京屋。その脇の甘さのある色気たっぷりのお吉を見事に演じて孝夫との豊嶋屋での油まみれの場面の壮絶さといつたら、もう言葉がない凄さ。この月の昼の部には大成駒の〈関扉〉。

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歌舞伎でアタシは何うしても歌六Ⅲからの家系がきちんとアタマに入つてゐない。歌六Ⅲから時蔵Ⅲには繋がるのだが、その時蔵Ⅲの兄が吉右衛門で弟が中村屋だといふのがピンとこない。先々代の幸四郎Ⅷと哲明勘三郎XVIIIが従兄弟といふことになるのだから。この歌六Ⅲからの家系は播磨屋で、だから吉右衛門播磨屋なわけだが戦後、時蔵Ⅲの息子の錦之介が萬屋で銀幕のスターとなり当時、この家が挙つて萬屋となつたわけだが播磨屋は平成になつて又五郎丈逝去で吉右衛門(当代)一人となつてゐたところ当代の歌六Ⅴと歌昇の兄弟が萬屋から播磨屋に復帰で、これもまたやゝこしいところ。