富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

自宅待機要請3日目

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中共が昨日の清明節で武肺死者を国家的に追悼。金沢大学の仲正昌樹先生が朝日新聞(2日)に書いてゐる「疫病と権力の仲」にある国家権力による防疫の政治化についての、まさに具体例がこの中共。‬

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香港でも院内感染や暴警感染もあり行政長官弁公室の新聞主任が辞職で投身自殺の由。


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 東京での感染者数がきちんと増加。東京の感染者数がいつの間にか香港のそれを抜いてゐた。日本の防疫の緩さを見てゐると、この結果に驚きもせぬし当面この増加は続くのだらう。

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時節柄ミーハーなので カミュ『ペスト』新潮文庫 を読み始める。高校生の時に読んで以来。つい/\疫禍のことばかり考へてしまふが福岡伸一「ウイルスという存在 生命の進化に不可避的な一部」朝日新聞 は必読(富柏村顔本)。ヰルスがいつたい何ういふものなのか私たちはじつは何も知らぬまゝ無節操にたゞ怯へてゐる。

進化の結果、高等生物が登場したあと、はじめてウイルスは現れた。高等生物の遺伝子の一部が、外部に飛び出したものとして。つまり、ウイルスはもともと私たちのものだった。それが家出し、また、どこかから流れてきた家出人を宿主は優しく迎え入れているのだ。

久ヶ原T君が呟板で誰だかの「自粛の要請」がいかに矛盾した発想かといふ呟きを引いて「自粛の要請」が昔よくあつた「死を賜ふ」と実によく似てゐると。御意。「自らの意思で死ぬといふことを他者からの命令として頂戴する」矛盾。

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自宅引きこもりで楽しみといへば甘味とお酒くらゐ。櫻花もまだ散らず今日は水戸南町の菓子司・木村屋本店の櫻仕様の練り切りのお菓子を午前のお茶請けに。 

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水戸に光圀饅頭あり。午後のお茶請けにはこれ(写真左)。それが日立は大甕(おおみか)の大みか饅頭と瓜二つ……だが贋作に非ず。大甕の運平堂といふ老舗のこれは大和芋摺り米粉加えた薯蕷饅頭で、その運平堂がこれが評判だから「水戸でも売ってみっぺ」で大みか饅頭を光圀饅頭にしてダブルブランドで売ってゐるといふ代物。

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世間さまの目といふものもあるので夕方になつてやつと飲み始める。ハイボールに浪花屋の柿の種があれば何も要らない。浪花屋のこれは「ピーナッツ入り」だがピーナッツは別袋でありがたい。晩ご飯までまだ時間があるから、と母上が磯部餅を出してくれる。精進揚げを用意してゐたから、とその油で餅をさっと揚げてくれたもの。焼いた磯部餅とはずいぶんと違う味覚で甘みあり。

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ロバート=キャンベルさんの「日本語」と「国語」についての指摘。御意。日本人に日本語に対してこの感覚があれば愛国心とかも、もう少し客観的に冷静に考へられるだらうし「小学校での英語教育」なんてばか/\しい議論にもならないはず。母語に対して日本人が一体化しすぎてゐるといふのは天皇制についても国家についても同様。誰の言葉かも忘れたが

なすべき事は確認さるべきものを明瞭にし無用の亡霊をついに追い払い適切な処置を講ずることである。

といふのは疫禍がらみでのコメントだつたか。これはすべての思考について言ひ得ること。

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