富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

常陸大宮

fookpaktsuen2018-01-26

農暦十二月初十。昼前に某メガ銀行水戸支店へ。マイカード番号登録がないと2019年から完全実施で海外との入送金できなくなることについてご相談。日本に住民票も残つてゐないので(登録したくもないが)マイカード申請不可。それどころか日本の銀行口座は(外国人でも)日本国内に居住が原則なのでアタシの場合、本来は日本の銀行口座維持も無理。今後何かにつけマイカード提示が必要となると思はれるのでくれぐれも通帳やカードの紛失、住所変更や届け出印鑑の変更などなきやうに、とアドバイスされる。本当に不自由。昼に母と水戸の西洋料理の老舗・西洋堂に飰す。Docomoで母に大竹しのぶちゃんの楽々スマホ購入。家ではすつかりiPad遣ひだが携帯電話はガラケーのまゝでiPhoneにしようかといふ案もあつたが、どこまで使ふかは未知なので入門機といふことで楽々須磨帆に。Docomoで手続きするのが老人ばかりでスタッフに尋ねるともう慣れてゐますけど説明とかきちんとしてあげないと、と笑顔。母と別れ水郡線常陸大宮へ。夕方で高校生の下校時間と重なり混雑。殆ど人通りのない、商店も営むは僅かで閉業の店ばかりのなか小一時間寒さに耐へ漫ろ歩く。大宮は東京四谷を空襲で焼け出された母が幼い頃から暮らした処。水戸には後に母の養父となる(母から見ると)叔父(つまり私の祖父)が住んでゐたが大宮は親戚がゐたわけぢゃないが祖父の姉(この人が独身で弟たる私の祖父を養子としてゐた)が足が悪く戦時中、大宮の縁戚を頼り疎開してゐた処で、その縁でその(私から見ると大伯母にあたる)老婆の面倒見ることもあり母は大宮に住まふことになつた由。戦後は私も祖母がゐたことで周末に屡々水戸から小一時間のこの町にバスや水郡線の鉄道で遊びに来てゐたが当時はそれなりに広いと思つてゐた町が余りに小さいことに驚く。氷点下五度。父方の従弟のT君もこの町の住民で彼と北町の「与ね川」といふ寿司割烹に飰す。かなりレベル高く太巻きは朧から椎茸、卵焼きまで自家製で評判。店に入るなり相撲中継で鶴竜三連敗。晩九時過ぎの登り最終で水戸に戻る。ローカル線だが列車もアップグレードしてゐるし站の電光掲示板も進化してゐて驚く。南町で飲み半夜三更に帰宅。

⇧まだ真っ当だつた自民党の最期の世代がこの方。⇧この「それを言っちゃおしまい」フレーズを使ふと中国のことを何でも諭すことができる。中国の高級ホテルで」「便器洗ったブラシでコップもゴシゴシ」といふ話題も「中国というのは気になる。独自の尺度で物事を進める国である。やっていい事と悪い事の線をどう引くか……」となる。