富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

安保闘争からCool Japan!へ

農暦十月初三。薄曇り。土曜日。我ながら新しもの好きでiPhone Xsで二枚SIMだとかeSIM機能あり早速これに食指動かすものゝ中共圏それは当然「香港を含む」なのだがXsは二枚SIMではなくeSIMなるものはアタシの須磨帆契約会社(CSL 1010)もそれがアプリから下戴可。それをしたものゝ肝心のXsがデータプランは1つしか対応してをらず。あれこれ弄つてゐるとiOS12.1リリースされ、これにアップグレードしてみたらeSIM対応。

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昼餉のあと家人と北角。渣華道街市に劉永記蔬菜といふ行列のできる八百屋あり。いつも午前中には売り切れで昼すぎには閉店。ついに劉叔引退で隣の空きスペースに開店の店が劉さんの顰みに倣ひ地場産の野菜を並べてゐる。

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フェリーで観塘へ。海濱公園漫ろ歩き公園の一角にある發現號(V Gallery)なる展示場へ。香港で1960年代に創業の俊和といふゼネコンのインフラ建築の記録写真「Our Story, Your Story」を眺める。まさに戦後の香港の経済成長と都市化の歴史そのもの。

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牛頭角のMTRに向かふ途中にある勵業街熱食中心。

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勵業街熱食中心

昔はこのあたりの工場労働者で賑はつた熱食中心も今では縮小され僅かに1軒のみ営業で風前の灯。周辺の工業大厦も老朽化で工場は広東省に遷り空き家となり取り壊しまつばかり。

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石硤尾から賽馬會創意藝術中心(JCCAC)へ。戦後日本の都市社会の群像、世相を色濃く映し出したプロヴォークといふ写真雑誌の写真展。細江英公森山大道らの写真を何十枚も見る。今回は富士フィルム協賛で細江の薔薇刑など大判で見事な印画は見る価値あり。混沌としてゐるやうで今に思へば思想が明確な時代。

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石硤尾の団地を下り深水埗へ。ガーデン製菓の本社ビル。老朽化だが戦後の香港モダン建築の傑作で存続か解体か話題に。入り口の販売部で菓子贖ふ。地下鉄で中環。FCCへ。岸和田Y氏が曼谷からの来港で珠江H君、三ヶ月前に越南河内赴任となつたO君と東京から息子のT君も集まり会食。四方山話あれこれ。今晩は蘭桂坊でCool Japan!なる催しださうで人混みは大の苦手で普段寄り付きもせぬが今晩は会食の皆でせめてものお慰みにとFCCから蘭桂坊の坂を下ると、まぁ芋を洗ふやうな酔っ払ひの群。日本食品等の屋台並びオカモトの避妊具まで。蘭桂坊の横道、和安里は狭い道にさらに屋台並び歩けぬほどの人混みに怖じけ入りもせず蘭桂坊抜け出したが偶然にSMSが入り和安里の突き当たりの特設ステージではちょうど地元の日本人女子バンドのライブでかなり盛り上がつてゐたのだといふ。週明けに離港の香港総領事のお練りもあつた由。

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1960〜70年の過激派の学生たちとアヴァンギャルドな現代風俗に明け暮れてゐた日本が半世紀後に、この気楽でクール?な軽チャーの時代。それが電通的に“it's so cool!”ともて囃される今日日。過激派の学生も今のワイワイ楽しむお兄さん、お姉さんたちも意外と発送は一緒で悶々としないための何か「踊らにゃ損、損」的なムーブメントであることは確かか。

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これから尖沙咀で二次会といふ一行と別れ帰宅。

▼政治家の方便。沖縄についての内閣官房長官・菅某の詭弁(毎日新聞

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2014年1月の名護市長選では選挙前に菅義偉官房長官は「選挙が民意だ」と強調していたが移設反対派が勝つと「地方選挙の影響は限定的。淡々と移設を進める」と居直った。
同年11月の県知事選でも移設反対を掲げた翁長氏が勝利したのに菅氏は「移設賛成・反対を問う選挙ではない。粛々と工事を進める」と結果を無視する発言を繰り返した。
ところが、今年2月の名護市長選で政権側の候補が勝利すると一転して「選挙は結果が全て。相手候補は必死に埋め立て阻止を訴えたんじゃないでしょうか。民主主義の原点がこの選挙だ」と今度は結果を「評価」する態度に一変するのだ。
かと思えば、政権側が再度敗れた9月の知事選では「地方選挙の結果にはコメントしない」「移設方針は変わらない」といった発言になる。ころころ態度が変わるのだ。