富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

ホチキスの刺さった痛み(香港の民主運動)

fookpaktsuen2017-08-15

農暦閏六月廿四日。快晴猛暑。午前中、大埔に用事あり復路に九龍行きの赤ミニバスに乗る。吐露湾沿岸を走る高速道路に対して大埔から山沿ひの旧道を走り沙田から大圍は高速道路で不停のまゝ大圍から山越へで深水埗に至るルートは風光明媚で格別。深水埗の合興旺といふ昔からある茶餐庁で昼餉。此処の咖喱飯は美味。これでスープに珈琲(亀苓膏に見える)がついてHK$39はかなり良心的。斜め前に香港のパン製造販売大手、嘉頓(ガーデン)の旧本社あり。すでに本社機能は郊外に移り再開発待つところ。G階のショールームはまだ開いてゐて定番商品や嘉頓デザインのグッズの販売はしてゐるが以前こゝに工場もあつた頃のビスケットなどの切り落としの「お徳用」の販売は今はもうない。夕餉のあと、とらやの「宇治の川波」と自家製ヨーグルトの自家製甘酒ペースト和へ。自家製ヨーグルト機はアイリスオーヤマなる会社のもの(こちら)で先日の日本での戦利品で早速活躍中。岩波書店『世界』8月号の特集、香港返還20年で「中国の「最前線」はいま」読む。鼎談は川島真氏が香港政治の倉田先生と台湾研究の福田円女史。経済発展、民主、自由など地域の発展の方向性を象徴するやうな社会が香港や台湾にあり、台湾は多少距離を置けていても、中国と一番真正面で向き合つてゐる「前線」の社会が香港なのだ、と倉田先生。東大で六月に開催された講演会で黄之鋒君と周庭さんのスピーチも掲載あり。彼らの主張と行動は年寄りの私にはわからない点も少なくないが黄君曰く(雨傘運動の終わつたあと)二年前までは民主化運動をするなかで「香港にゐれば取り敢へず安心だろう」と感じてゐて、とりわけ中国側に立つてゐれば、であつたが(銅羅湾書店社主誘拐などあり)それも今では間違つてゐた、と思ふやうになつた。東大の学生らに向かひ黄君は日本には民主的な制度があるが社会問題もたくさんあり「自分の持っている権利を大切に」「不公平なことが目の前にあるときに声をあげてください」と。耳が痛い。「政府は世界のどこでも民意を無視することが大好きです」とは格言。台湾についてのといへば本田善彦氏だが、この特集にあつた「台湾の国家は「事故解体」するのか?」は秀逸。タイトルだけ読むと誤解されるが台湾といふ政治体がそのまゝダメになるのではなくもともと中華民国ありき、でそれに対する反発から生まれた政権(民進党)が政権をとり中華民国そのものを認められず(中華民国≠台湾)台独とて中華民国といふ体制あつてのそこからの独立といふジレンマ。つまりさうした「この国」といふ国家の呪縛から自己を解体すること、に本田氏の意図がある、がこれは政治哲学レベルで理解はさう易しくない。

独立志向の住民は程度の強弱こそ違え中華民国に深く依拠しながらも中華民国を軽蔑し嫌悪する心理状態を共有している。しかし中華民国が今日の台湾の安全を保障し、台独派が新国家建国の条件と能力を持たない現状において優屈と不名誉感を得た彼らはことあるごとにアイデンティティの希薄な中華民国に否定的な態度で臨み自傷的な言動の積み重ねが台湾島内の対立を一層深刻化させ、それが台湾内部における苦痛とストレスを再生産し続けてきた。

長く台湾の現状を見てきた本田氏だからこその分析である。最後に一つ「おまけ」のやうな話だが国民党と民進党に対する不信感から最近はシャープ買収で賑はう鴻海グループの郭台銘会長を次期総統に推す空気もあるといふ。まさにポピュリズムの蠢動でトランプ現象。もう一つ同性愛婚が合法化される方向性の台湾のLGBTについて(福永玄弥)。台湾が自然発生的にLGBT「先進国」になつたのではなく戦後の台湾が中国との代表権争ひに負け国際的孤立し経済的成長は遂げたが中国に規模的にも敵はず台湾は中国との差異化を図るなかで「人権立国」といふ理念からマイノリティ差別の解消となり、そのなかでLGBTも注目を浴びたのだ、と。フーコー的に性もまた政治的。
民主党党員(林子健)が中国の劉暁波(故人)の妻・劉霞さん(軟禁中)支援に関連して中共の公安と思はれる連中に拉致され拷問的に太腿にホチキス針をさゝされたといふセンセーショナルな事件。そのホチキス記者会見にはマーチン李柱銘や元党首の何俊仁らが参列し一国両制踏みにじる中共公安の暴力行為を強烈に批判し香港政府当局に事件の真相解明徹底を求める。これは日本でも報道されたが(朝日新聞)これが拉致の詳細に関する本人の説明に信憑性が薄い、ホチキス針刺されたまゝ解放され警察や病院に行かず帰宅して睡眠をとり衣服は洗濯して翌日にホチキスの埋まつたまゝの傷口見せ記者会見といふ一連の流れに自作自演?といふ疑ひも生じてゐたが本日未明に香港警察が虚偽告訴の疑ひで、この男性を逆に逮捕。ホチキス事件が自作自演の狂言なら、それを信じてしまつた民主党中共批判に同調の公民党も迂闊。いや実は中共公安は恐ろしいもので、このホチキス林子健は香港の民主運動、反中運動解消のため中共によつて操られた臥底……なんて見方すらできなくもないが、いずれにせよこのホチキスさん守らうとした民主党の姿勢こそが何とも痛々しい。民主派といふのが香港で何らかの形で有権者にとつて価値あつたはずが雨傘以降「役に立たない」どころか「安定した社会の邪魔になる」と見られ、その上こんな茶番では、もはや北京中央のも願つたり叶つたり。中共系左派紙は欣喜雀躍。そもそも香港の「民主の父」マーチン李柱銘や「民主の女神」アンソン陳方安生らが中国とは反撥するばかりで欧米行脚で香港の民主問題訴えるくらゐしかできない(それも何の効果もない)あたりから流れは見えてをり、劉千石や湯家驊など多少なりとも中共、香港政府の立場を理解し中庸路線をとる連中が排除されてきたが結局のところ如何せん北京中央の意を汲む必要はないが彼らの主張は嫌々ながら理解した上で現実的に香港をどうできるのか?の政策をとれないかぎり政治家としては民主派の失敗は明らか。泛民主派でも梁“長毛”國雄ら極派、それに港独派らがホチキス醜聞に同調しなかつたのは或る面、彼らの臭覚が民主党や公民党より敏感といふこと。高速鉄道の「一地両検」に象徴されるやうに現実的には境界跨ぐ鉄道敷設でテクニカルにどうしやうもない出入境管理のことまで「一国両制」瓦解と「騒ぐ」だけではナンセンス。

⇧記事を読んだだけでは東海村茨城県原発模様が全くよくわからない。現職知事が選挙直前に脱原発票取り込みは明らか。原発依存の東海村村長が「再稼働NO」が困るのもわかる。だが、その反対の理由が国の原子力災害対策指針による広域避難計画の策定があり「実効性ある計画を作ろうと追求してきたのに知事自ら職責放棄」といふ。「再稼働は反対だが再稼働にも備えて広域非難計画は推進」で全く矛盾もない気がするが東海村村長にとつては「これくらゐしか反論の根拠がない」のだらう。なんとも不憫。

世界 2017年 08 月号 [雑誌]

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