富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

「彦十蒔絵」若宮隆志氏の漆工芸

fookpaktsuen2016-03-17

農暦二月初九。早晩に香港大学美術館。日本の漆器といふか漆の芸術作品を作る「彦十蒔絵」若宮隆志さん(こちら)の作品展(六月十九日まで)。今日からで開幕式で末席を汚す。若宮氏の挨拶が10数分、長い。普通は「長いスピーチ」は歓迎されないし凡そつまらない内容が多いが若宮氏は本当に伝へたいことを話すわけで寧ろ喋り足りないくらい。若宮氏の作品の美しさ、精緻さは当然として、自分がなぜ、こんな手の込んだものを作るのか?の話。まるでジョージ=オーウェルの「なぜ書くのか?」のやうに作品を「つくらなければならない」使命。自分は日本の田舎の漆の木を育てる小さな農家に生まれ育つた、その環境で一介の漆器の職人になつて、それで仕事してゐれば良いはずなのだが、日本の漆の環境はかなり厳しくなつてをり今では国産の漆の原料は日本での使用料の1%で、あとの99%は中国からの輸入。中国産でもいゝものはあるが日本の伝統的な工芸なのに、このまま日本の漆がなくなつてしまつていゝのか、もつと皆さんに漆について知つてほしいし使つてほしい、でも漆器の需要が減り漆産業が縮小すると職人も育たない。そこで自分は「実用品とは違うが、かうした芸術度を高めたたくさんの人に美しいと思つてもらへる漆の工芸作品を作ること」で、それで漆に対しての関心や興味、愛着が高まればと思つて、こんな何年もかけた手の込んだ作品を作つている……と。最初から芸術的な発想とかで始まつたのではないことを強調される。本当は手に触れてもらひたい、それも展覧では叶わないが、本当の面白さは、漆の茶器なのに、それが見事に陶器だと思えてお茶席で、それを手に持つた瞬間に、その軽さに驚いて、そこで「えっ、これが漆器だとは!」と驚いてもらへるやうな、さういふハプニング的な楽しみ方をしてもらひたいところなんですが、と若宮氏。もう、このスピーチだけで私はいたく感動。そのあとも末席の私など相手にさらに若宮さんは語つてくれる。この漆業界の現状を理解してもらひたいのは日本の政府や役所で、職人は頑張つていゝものを作るから日本の漆の木を育て、それを守るとか、行政にさういふことをしてほしいところ、欧州などで日本の漆工芸の評価が高いなら海外から日本の行政を刺激する。ちなみに今回の若宮氏のこの作品展は文化庁の文化交流使としての派遣。

家人と一緒に、このレセプションを抜け出し館内でもう一つの展示中国のChen Xiといふ画家の作品展(こちら)も参観。中国の中共建国後のさまざまなシーンを(六四天安門を除く……は当然か)それを伝えるテレビの画面をテレビごと描く、といふ一連の作品だが、まぁこのそれぞれのシーンの目のつけどころが見事。さらに1950年代から、そのテレビのシーンを伝へるテレビ機がまさに当時のテレビ機なわけで国営工場の上海製から日本からの輸入製品、そして中国の民間企業製のテレビとの変遷だけでも面白い。すごい数の中古、使へないテレビ機のストックをこの作者は有してゐて、その実写。このChen Xiの展示から若宮氏の展示に戻る途中に常設展の、中国の歴代の陶磁器の茶器とかあるのだが、それが若宮さんのを見たあとだから、その陶磁器がみんな実は漆器に見えてしまふ。レセプションに戻って若宮さんにその話をしたら、それが若宮さんにかなりウケてしまつた。香港大学から坂を下り久々に光記に赴くと四日かけて店内改装で休業中。あの雑多な店がまるでアートで好きだつたのだがキレイになつてしまふのかしら。まぁFacebookとかで乱雑に散らかつた店内の写真など公開されたら(それはアタシの仕業か……)あれだけ繁盛してゐたら店内改装も考へるか。近くの書湘門第で湖南料理。家に帰る途中、料理の辛さですでに腹瀉とは我ながら情けない。