富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

雨傘一年

fookpaktsuen2015-09-28

農暦八月十六。晴。午前中5kmほど走る。午睡。週刊読書人直近数号通読。早晩に家人とFCCで夕餉。歩いてハーバー沿ひに出てプロムナード=埋立地の公園から十六夜で上りかけた赤月眺める。途中、中環には歩行者天国にフィリピンのメイドら鳩まり、さながら「佔領中環」だが、これは毎週末の光景。公園にはさすがに中秋翌晩は芝生にもあまり人もをらず、雨傘に鳩まつた若者たちがこちらまで溢れることもなく、これならピクニックセットで発泡酒持参で来れば良かつた、と後悔。香港政府庁舎。香港の昨年の民衆運動(雨傘「革命」といふ言葉はちょっとピンとこないが)から丁度1年(蘋果日報)。一年前は確か月曜日だつたが今日は折から中秋翌日のデモ集会日和。昨年は九月の新学期から学生の休講抗議など続き若者の政府庁舎への闖入と警察の過剰防備に「佔領中環」宣言され学生らの路上での抗議活動に1年前の今日17:58に警察から催涙弾が放たれ運動は民主化問題よりも深い社会的対立に。本日同時刻に千人ほどの市民が現場で黙祷。あれほどの学生らの丸腰の民主化要求運動に過剰警備の警察、武器、鎮圧で感情も暴力も抑制できぬ姿に平和な時代だからゆゑの公安の怖さ思ひ知る。自由広場となつた金鐘周辺。その後の運動の下火。何事もなかつたかのやうな日常の再開。台湾での向日葵運動から香港の雨傘へ、あの熱情は「対中」のある台湾、香港ゆゑのもので「日本にはとても……」と思つたが今年に入つてから安保法制に関して「立憲」がクローズアップされたことで日本でもあれほどの反安倍の抗議運動が起きようとは。本日は警察の過剰警備気になるが暴力沙汰も何もなく平和裡に抗議集会。アタシらの通りかかつた午後7時すぎはもう散会ムードで余韻漂ふばかり。
朝日新聞で恒例の杉田敦&長谷部恭男の時事放談こちら)。安保立法参院通過後初。安保法制で推進側は違憲かどうかの判断は憲法学者に非ず最高裁、しかも安保で最高裁は「憲法判断避けるだろう」とタカくくつてゐるやうだが、といふ杉田の問ひかけに長谷部曰く、それは希望的観測で「法律家共同体のコンセンサス」甘く見過ぎてゐる、と。憲法は政治権力を縛るためにあるのだから、その意味内容を政治家が決めてよいはずがない、安倍政権の下でシビリアンコントロールどころかシビリアンの方が暴走、と。御意。

  • そもそも国の存立にかかわる安全保障の問題は国民的合意が不可欠。与党は本来、超党派的な合意が可能な案を出すべきで、これだけ批判を受けたらやり直すべき。

さういふ議論に対して緊迫する世界情勢のなかで(といふ常套句で)「日本にはもう、ぐずぐず議論している時間はない」として権力は暴走してゐない、全速力で走つてゐるだけなのに「なぜその邪魔をするのか」と反対派を詰る。

  • 中国が台頭する一方、日本は人口が減り経済力も下がつてゐる。そのことへの不安と焦りから人々が非立憲的な方向に押し流されてゐる面もあるのではないか。安保法制への世論の反対は強いのに内閣支持率の低下に必ずしもつながらない背景にも、かうした心理がありさう。

安保法制では具体的な必要性を論証しようともせず「中国が怖い、北朝鮮も怖い」で軍事的オプションを増やさなければならない、としか言へない。安全保障論ならぬ「安心保障論」。不安そのものをなくさうとしてもきりがない。
週刊読書人(9/25号)に「戦後七〇年を迎えて、日本文明とは」とだいぶ大風呂敷なお題に適役?の田原総一郎猪瀬直樹後藤俊夫の鼎談あり。後藤が経済学部長務める日本経済大学が大層にも日本文明研究所なるもの設立。所長が猪瀬直樹とは。鼎談の内容は当然、大雑把なものだが安保法制改定について田原&猪瀬(猪瀬総一朗でも田原直樹でもいゝが)集団的自衛権行使は米国への助力なのだからに日米地位協定改定をなぜ申し入れないのか、と(できるわけないのだが、日米合同委員会で)。これに言及は石破茂と田原持ち上げるが石破はこれに言及することで米国にとつては面倒な存在で総理に相応しいか、となる。猪瀬が米国にも要求すべきことの一つとして「東京上空の空中権の返還」と例に上げてので「ん?」と思つたら羽田から旅客機離陸のときに急角度で上昇しなければならない、航空主権が云々といふので、これは米軍の「横田空域」のこと(こちら)。空中権といふのは不動産用語で東京駅が駅舎上の空中権をば周囲にビル建物有する三菱地所に売却することで駅舎復元資金調達がそれ。極端な話、横田空域の下にある地域で超高層ビル建てれば空中権で米軍と問題になるかもしれないが。それに横田空域は深刻な問題だが「東京の真上の空は全てアメリカがもっているんです」とか表現のアバウトさは相変はらず猪瀬節。