富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2015-03-04

正月十四日。小雨。喉痛で声がほとんど出ないまゝ。こんな日にかぎつてコメントする立場の打合せあり。晩に昨日と同じ日本人倶楽部の今晩は「三菜」で会食あり。焼酎のお湯割りで喉を潤すと声が少しは出るやうになるから、まったく。バーSでジャックダニエルをクラッシュアイスで二杯のみ二更になる前にご帰宅。
▼今年に入り春節前の小売業が前年度比で14.6%下落。大陸客減少と購買力低下=収賄減wか。先週末の日曜も中環のランドマークの閑散に驚いたが該当の空き店舗も少なからず。FCCも日本人倶楽部も飲食客が少ないのは旧正月後のリバウンドで客少な。
▼川崎の中学1年殺害事件。加害の18歳の動機で「告げ口され」カッとなったはまだわかるが「先輩を立てないので」ってこんな倫理?が今どきの若者社会にもまだあるのね。
▼最近元気のなかつた朝日新聞村山談話発表の時代の政府内の動きに関しての記事が興味深い。戦後50年の国会決議が侵略や謝罪が曖昧にされた決議に対して首相談話作成の検討に入つたトンちゃん官邸。書き手に指名されたのは外務省出身の谷野作太郎・内閣外政審議室長。自民党や国会決議で「侵略的行為」としてゐた表現を「侵略」と明記。但し「お詫び」は盛り込まなかつたのは当時「すでに日中、日韓間の主題は謝罪ではない」と感じてゐた、と谷野。だが同じく外務省から出向の槙田邦彦首相秘書官(当時、後に中国香港総領事、アジア大洋州局長、シンガポール大使)が「お詫び」といふ言葉を入れるかどうか世界が注目してゐると五十嵐官房長官に進言、園田博之副長官も頷き「最終的には政治的判断に従った」(谷野氏)。村山談話の文案を示された河野洋平自民党総裁は表情を歪ませ「これは厳しい」。翌日に控えた内閣改造ではタカ派平沼赳夫江藤隆美の入閣も内定済み。五十嵐を襲つた野坂官房長官が談話を「閣議決定して政府の公式見解とする」提案。野坂長官が平沼、江藤や島村宜伸文相らを一人ずつ回り事前了解を取りつける。槙田によれば内閣改造前まで運輸相だつた亀井静香自民党内の説得にあたつた、といふ。焦点は橋本龍太郎通産相=戦後50年国会決議に反発した日本遺族会の会長。村山首相の回顧録によれば文案を見た橋本は異議は「別にない」として文案に終戦、敗戦と二つの表現ありと指摘。どっちがいゝか?とトンちゃんが尋ねると「敗戦」選んだ橋本。で閣議決定に。かうして当時の状況を見ると自民党タカ派や遺族派も了承した上での村山談話。これを出して戦争に一つのけじめをつけようといふ意思。それがまさか晋三のあの発想で蒸し返されやうとは。しかも「村山さんの個人的な歴史観に日本がいつまでも縛られることはない」と晋三。アタシなど晋三の個人的な歴史観で迷惑被りたくはないが。さらに晋三は「その時々の首相が必要に応じて独自の談話を出すようにすればいい」と暴論。