富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

訒鏡波學校

fookpaktsuen2013-10-26

農暦九月廿二日。晴。気温は朝摂氏廿度。乾燥甚し。周末土曜の学校史蹟見学も今日が最後。Z嬢と隧道バスで土瓜灣。何文田の丘に上がる手前にある訒鏡波學校。付近に学校多し。この学校は1953年に天主教鮑思高慈幼會所(Salesians of Don Bosco)によつて設立され学校建立に協力し資金提供した企業家・訒鏡波の名を称す。カソリック系の男子校。広い敷地に当時の香港ではかなり充実した校舎で学校全体としては戦後モダニズム建築だがメインビルディング、とくに玄関からホールにかけては新古典主義的な重厚さで大理石などふんだんに使ふ贅澤。樂民新邨の団地探訪。九龍の公団開発の歴史では重要な大型団地建築。崖を上手く使つてゐるが住民にとつては高齢化で高低差深刻。改良工事中。この団地と馬頭圍道の間、Maidstone Rdには戦後の九龍の都市開発の典型的な低層住宅建築が並ぶ美観。住環境としては100平米ほどのマンションで大変恵まれてゐるが築半世紀で建物老朽化で再開発が微妙。路地の骨董品屋で真鍮で出来た駱駝牌の魔法瓶見つけお買ひ上げ。土瓜灣はかつては軽工業地帯だつたが馬頭角の波止場が大陸客のハーバークルーズ拠点になつたことで工場・倉庫ビル改造した大型の土産物屋やツアーレストラン並び異様な賑はひ。土瓜灣だけ人民元が普通に流通するかも。再開発で取り壊し始まつた戦後ビルたち眺め漫歩。土瓜灣の北帝街も場末の商店街だつたが家賃の安さから近年、個性豊かな飲食店少なからず。Z嬢所望で新疆料理・大漠に昼餉。羊肉料理。美味。食後のデザートは自家製ヨーグルト。路線バスで九龍城。いつものコースで食材買入れ。今月上旬に小火で店舗消失の南貨名店新三陽も焼けた店舗は新装工事中で焼け残つた拡張部分のみで今が旬の大閘蟹に特化しての商ひ常客溢れ繁盛は不幸中の幸ひ。九龍城かなり歩いたが昼の羊肉料理は腹に重たく帰りの冷凍バスは防寒装で熟睡。夕方ハーバー沿ひジョギング。鯉景灣から筲箕灣のアルドリッチベイ←この英語地名も「愛秩序湾」といふ中文地名もいずれも違和感あるが、にかけて走ること多いが今日は気候もよくバテず鰂魚涌公園を太古城の方に出て終はらず公園の西端の方まで走ると散歩者の往来あり「ん?」と思へば狭い通路経て更に西に続く公園。東區高速道のハーバー側の埋立地、かつて船への石積場だつたり貨物トラックの集配や葬式の仏具燃やしてのお弔ひしてゐたり、ガソリンの不法販売で話題になつたり、とにかく野犬が多く近寄りたくないエリアだつたが其処が犬の散歩出来るペット公園になつてゐるのは高速道路から眺めて知つてゐたが、鰂魚涌公園からこの鰂魚涌ペット公園の間が細狭いながらも鰂魚涌海濱花園(クオリーベイプロムナード)になつており北角の葬儀場横から筲箕灣までジョギング可。アトで調べると昨年末には開園になつてゐた由。もつと走らねば。昼の羊肉が腹にまだ重く、うどん煮て飰す。
特定秘密保護法案。ネット情報化で一人の公務員に出来る情報漏洩の伝達力も昔の「新聞社にタレ込み」とはワケが違ふから政府もムキになるがどんなに罰則強化しても漏れる秘密は漏れる。漏れないと困る。都新聞によれば晋三が「十五年間で情報漏洩事件を五件把握した」と述べたさうだが不起訴が三件、最高でも懲役十ヶ月の事件で「現行法のままでも十分に対応できる」し「公務員が秘密を守るのは当然」で「起立さえ徹底すれば新法など不必要」とその通り。「国家はそんなに秘密を持ちたいのか。ゼロは無理でも秘密は少なければ少ないほど社会は自由になれる。そういう国家、社会を目指すべきだ」と作家の吉岡忍さん。所詮、やりたいことは公安権限の拡大だけ。
▼晋三によるNHK経営委員人事。哲学者?の長谷川三千子放送作家→作家の百田某、晋三の元家庭教師……長谷川は「保守の立場から改憲を主張」(都新聞)ださうだが、あれが保守か。私には恐ろしいほど革新に思へる。百田はお笑ひがシリアスになると一番怖い典型で昨年の自民党総裁選前に長谷川と一緒に「安倍首相を求める民間人有志による緊急声明」の発起人。世も末。
朝日新聞のオピニオン欄(今こそ政治を話そう)で井上達夫教授(東大法学部)が「あえて、9条削除論」。なか/\興味深い。集団的自衛権行使容認で日本は米国の軍事戦略に際限なく巻き込まれる。晋三が日本の外交力教科したいなら「集団的自衛権憲法上ダメ」といふ貴重な拒否権・対米交渉カードを自ら手放すのか。米国の軍事的要求に限度があると考へてゐるなら「タカ派の平和ボケ」。但し護憲派も甘い。自衛隊合憲といふ明白な解釈改憲を黙認ないし是認することが憲法の規範的権威の毀損。護憲派は他人頼み。「専守防衛集団的自衛権はNo」を日本の公式見解として守つてきたのは自民党内閣法制局。それを護憲派はまるで自分の手柄のやうに言ふが「安倍政権は今、護憲派のこの甘えを突いてゐる」のであり「集団的自衛権行使容認目的の内閣法制局長官人事は大いに問題がある」が「護憲派はそれに憤慨する前にまず自分たちの欺瞞と甘えを反省すべき」と井上先生。改憲派改憲派で「押し付け憲法」改正で「日本の国家的主体性回復」と息巻くが占領軍=米国に軍事基地を忠実に提供し続け、更に集団的自衛権容認に向けた9条の解釈改憲で対米従属構造を一層強化。これこそ「究極の自己欺瞞」。集団的自衛権行使に道開きたければ憲法9条改正すべき。政治は「政治的アクターがそれぞれの政策構想の実現をめざして闘うゲーム」で憲法はそのゲームのルール。それゆゑ「プレーヤーが自分に都合のいいようにルールを変更できないよう憲法改正には高いハードルが課される」わけで、これが立憲主義の要諦。晋三が96条改正で「ハードルを下げようとしたがうまくいかない」ので改正手続きバイパスした解釈改憲、これは立憲主義の否定。

ゲームの勝者が好きなようにゲームのルールを変えられるというのは、単なる『勝者の正義』の押し付けです。勝者には、その勝者の正義を超える『正統性』の調達が要請されるのです。なぜか。敗者が『勝者の決定は間違っているが、次の挑戦機会に覆せるまでは尊重する』と言えるようなフェアなゲームのルールが保持されない限り、この政治社会は成り立たないからです。

で井上先生の9条廃止の持論となる。9条は自衛隊肥大化や「日本が米国の軍事行動に巻き込まれること」抑制してきたが「事態の進行を遅らせる程度の抑止力」で既成事実の拡大。

護憲派は9条だけは守っていると良心を満足させ、既成事実の拡大を止められない責任を深刻に自覚せずに済ませてきた。その積み重ねが、集団的自衛権の行使容認という新しい局面に対して、大規模な対抗運動を組織できない現状を生んでいる。法制局がダメだから、今度は公明党頼みですかと。護憲派憲法を『凍結』させて9条の条文を守れればいいという甘えから脱却し、9条の思想を現実の政策に反映させるべく、民主政治の闘技場に自らの足で立ち、不断に闘うべきです。
改憲派もそうです。押し付け憲法が日本をダメにした、9条が日本の国際的立場を弱くしたなどと、何でも憲法のせいにして自分たちの政治的主体性の欠如を隠蔽してきた。責任転嫁できる9条がなくなったとき、米国に振り回されない主体的な安全保障体制を構築できるのか、国民にちゃんと答えてみなさいと。

本来は国際情勢変化に応じて見直す必要ある安全保障戦略憲法に取り込むと憲法自体が時の政治力学の変動に翻弄され解釈改憲へのインセンティブ生み立憲主義は形骸化。何よりも立憲主義の基本理解の欠如。改憲派の96条先行改正の目論み然り「土下座外交反対」叫び政教分離違反無視の靖国公式参拝論然り。自民党憲法草案で基本的人権の不可侵性宣明する97条は全文削除。立憲主義このやうに定着せぬのは戦後日本に55年体制下で軽武装と経済成長による利益分配政治への広範な国民的コンセンサスあり深刻な政治的対立も政権交代もく「政治闘争を公正化するルールとしての憲法の重要性」をばあまり意識せずに済んできたうゑ。しかし政治的対立は先鋭化、晋三が勝者の正義で政治を動かそうとしてゐる今になつて漸く立憲主義の意義を国民も考へ始めたのではないか、と井上先生。記者に護憲派の「憲法凍結」もひとつの知恵では?と問はれゝば憲法凍結論には「国民に憲法を変えさせると危ないという愚民観」漂つてゐると指摘する。

私たちは、そういう愚民観をもつエリートも含めて一様に、近視眼的利益や独善のわなに陥りやすい愚かな存在です。だからこそ、自分や他者の手痛い失敗から学び成長していくしかない。その試行錯誤の回路を凍結してしまっては、成長することができません。国民が自己の失敗から学び成長できることを信じられないのであれば、民主主義は成り立ちません。民主主義は冒険です。私たちは挑み続けていくしかないのです。

▼香港映画『寒戰』11ヶ月遅れて日本で今更ロードショー公開(シネマート新宿)の由。「国内外で“『インファナル・アフェア』以来の傑作” “十年に一度の脚本”と称されたサスペンス・アクション超大作が、ついに日本上陸!!……って国内外はどの国のことかしら(日本はやっと上映だし)。映画宣伝文句のセンスの無さは昔から不変だが「香港映画はこんなところに到達しているのか。そして、こんなラストは初体験」と松尾貴史(タレント)が宣へば劇団☆新幹線のいうのえひでのり曰く「いきなり、香港映画らしい命知らずのカーチェイスで幕開け。ところがどっこい、これが実に香港映画らしからぬサスペンスへと急展開。まさに『インファナル・アフェア』以来の驚き!」と。うーん「ところがどっこい」か。「香港警察 二つの正義」と副題がついてゐるが「正義」といふ意味での対立は香港警察とICAC(簾政公署=汚職取締署)であつて、警察内部の抗争、あれは正義ぢゃないと思ふのはアタシだけかしら。