富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2013-03-24

農暦二月十三日。どんよりとした空、小雨模様……でこの季節恒例のMount Butler Raceに参加。一昨年は出て昨年は体調悪しく辞退
今週中頃に足の裏に魚の目出来てジムも復た足が遠のいたがジムでまぁ走つてゐたので大丈夫だらう、と安易に考へてゐたら今日のトレイルランは15kmで元旦の長州島10km除けば最近のアタシの最長不倒距離軽くオーバーしてゐることに走り始めて気づく。しかもジムのトレッドミルの楽なランニング(のやうなもの)に慣れた足腰にトレイルコースの足場の悪さはかなり負担多し。途中で雨は本降りになるし辟易でゴール。参加者は年々増えて二千余名、レース後の荷物受取に小一時間の列。市街に下る路線バスも待ち人多く19系統の始発まで黄泥涌道下りバスに乗つたらRugby Sevensの直接の影響ではないが銅鑼湾周辺が日曜午前中から混雑。七人ラ式蹴球観戦の戯けたガイジン路上に散見す。午後は油麻地のCinematiqueでZ嬢と周潤發主演の映画『秋天的童話』見る。未看。Z嬢は1987年のこの作品、渋谷の映画館で、この『誰かが私を愛している』を見て、まさか自分が香港に住むとも思はず周潤發が素敵だと思つたさうで再看に誘はれる。ストーリーはクサイし鍾楚紅の元カレ役のDanny陳百強は相変はらず演技が下手だし……だが兎に角、周潤發。この若者、もし俳優志さなければ間違ひなく紐育のチャイナタウンで、こんなチンピラしてゐたでせうね、あなた、が見事な演技。演技を超えて本人のニンと魅力たっぷり。まぁ広東語の粗語の汚いこと。周潤發がゐなければB級青春映画で今かうして再映もないでせうに。それにしてもフィルムは傷だらけ、雑音多きフィルム映画のなんて映像の柔らかなこと。映画館内で「日本の戦後の核への対応は……」といつたコメントが英語で話されてゐて何か?と思つたら「核利用の歴史と今」といふ理工大学のセミナーの続きで日本から来られた田中利幸教授(広島市立大学広島平和研究所)が第五福竜丸の話など戦後の日本が「核の平和利用」なる概念にどうトランスフォームされていつたか、といふやうなスピーチの内容を少しだけ拝聴。Cinematique隣接の本屋&カフェはまるで台北の日曜の夕方のやうに、まつたり。空も好転して暑くも寒くもなく尖沙咀までお散歩。途中の炮台街、一見普通の食料品店が覗くと酒がずらりと並び「これは!」と思つて入るとリキュール充実でDubonnetがあり欣喜雀躍。店の亭主も、にんまり。やたら猫餌缶も豪勢に並ぶのは近隣が猫區だから、で可愛がられる猫多し。ネパールやバングラデシュの酒まで並んでゐる。尖沙咀のThe Oneなる商業ビルでPingu展。まだかなり晩も早いが北京水餃店に飰す。晩の記憶朧げはいつものこと。たゞ日経の書評だつたか橋爪、大澤、宮台といふ錚々たる鼎談で『おどろきの中国』(講談社新書)は読もうと思つた瞬間に電子図書でiPadにて手許ですぐ読めるのは、いかにも当世らしさ。
▼英国「鐵娘子」サッチャー元首相の1982年当時の対中交渉外交記録が劍橋大學で近々公開の由。1984年に中英合意で1997年の香港返還決まつたが中共は1997年前に香港で厳重なる混乱起き平和的譲渡に影響ある場合、前倒しで香港収回に言及など生々しい鄧小平の言動とともに滙豐銀行(HSBC)が紙幣発行量公表せぬことが香港返還の過程で香港ドル不信招くので英国系財界に対して香港経済の穩定のため善処求めたり、仮に香港返還で香港の財閥が香港引き払つた場合は中共資本が廉価で香港資産買収も可なり*1、といつた鄧小平の見事な卓見目立つが、香港の主権が中国に属すことは香港の繁栄や安定より優先されること*2への執着は鄧小平の開放改革路線に中共保守派の反発あり、それに対して鄧小平が香港返還は経済効果より中国の主権回復といふ錦の御旗の掲示は今日の習近平体制が中国の国家安定に中華民族としての誇りをば讃へるのと一緒。この中英交渉で何が可笑しいか、ってサッチャー夫人が訪中のなか北京で人民大会堂借りて返礼の晩餐会開催の際に付随の英国海軍に銀食器借用願つたものの中国側の要人接待するのに客1人あたり50元(笑)でナマコやフカヒレなど高級食材なし、とサッチャー首相が命じ、さすがに駐北京の英国大使が「首相、さすがにそれは……」と提言しサッチャー夫人も仕方なく応じた、といふ。

*1:The Chinese had already made their preparations for the possibility of financial turmoil. They would hope to buy up investments cheaply. と1982年9月28日に香港財界代表して鄧小平に謁見のY.K.Paoが英国政府に伝へたもの。

*2:If it came to a choice between the two, China would put sovereignty above prosperity and stability.と趙紫陽が1982年9月23日にサッチャー首相に伝へたコメント。