富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

ふしぎなキリスト教

fookpaktsuen2012-09-06

農暦七月廿一日。なんだこの怠さは、といふ感ぢ。帰宅途中にビール飲むが胸の閊へ失せず。ミッドエイジクライシスといふ年代は疾うに過ぎてゐるし男性の更年期障害か。運動でもすればいゝのだが階段上がるのも厭ふほど足が怠くて困つたもの。橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書)読了。評判通りアタシも予々疑問だつた「キリスト教」について碩学の両人から神の啓示いたゞいた。まづユダヤ教から話が始まりユダヤ教の真骨頂は律法。

  • ユダヤ人がユダヤ人であるために「正月は門松を立て」とか「中秋には」みたいな風俗習慣までがきちんと謳はれ国がなく散り/\になつてもユダヤ人としてのアイデンティティは維持できるのが律法。
  • 宗教が生まれる背景には異民族の侵入や戦争、帝国成立のよる伝統社会の崩壊など何かしらの外的要因あるが日本人はそれを経験したことがないから宗教が理解できない。
  • 西欧の自然科学や近代思想が、ルネサンスであるとか市民革命だとか、それを宗教からの思想の解放、乖離のやうに思つてゐるが、それは神や信仰の否定でなく寧ろキリスト教の信仰あつての、神が創造した状態=ネイチャーの原理究明であつたりキリスト教に律法がないゆゑに個人主義や人権など近代思想が生まれる下地になるたこと。

等々、なるほどねぇと知らないことばかり……といふかキリスト者だつてそんなこと考へたこともない意味づけの数々。いづれにせよキリスト教といふ宗教が非キリスト者のアタシたちは完成されたものと思ひがちだが実はユダヤ教イスラム教、仏教や儒教に比べても(悪い意味でなく)曖昧で、まるでその曖昧さをば補完するやうな形で宗教改革や資本主義、近代思想が生まれてきたといふのがとても面白いのです。
▼香港の行政長官が国家主席とまるで同格の如く振る舞へるAPEC(貧官曾がワーキングランチの席上、隣席の江澤民にナプキンにサイン強請つたのも懐かしい)は今回は露西亜で開催されるが行政長官・測量梁は出発半日前に突然の不参加表明で財務官が代理出席。愛国教育反対で政府庁舎占拠や週末には立法会選挙あり内政に難題あり香港離れられず。ざまぁみろ。

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)