富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

吉田秀和先生、それじゃまた。さよなら。

fookpaktsuen2012-05-27

農暦閏四月初七。畏友村上湛君が日記好雪録(五月廿五日)に能楽師・三川泉(大正11〜)の井筒といふ能をご覧になつて書いてゐる記述(こちら)で(アタシは能は本当に知らないのだが)その緒で昭和58年のホロヴィッツに触れてゐる。そこで今ではそのホロヴィッツの神南での演奏ぢたいより克く取り上げられる感すらある秀和さんのNHKの生放送での「骨董品としてもちょっとヒビの入った」といふ歴史に残る一言。さういへば暫く朝日の「音楽展望」も読んでゐないな、と思つたが今日も(到頭今月は五月朔日労働節から週末も無休のまゝ)官邸でご執務してゐたら昼すぎにその湛君から吉田秀和氏逝去(廿二日)と一報もらふ。高校生のころからの澤山の「音楽展望」の切り抜き、中也とのこと、水戸芸術館の館長になられ、まるで水戸の人のやうに。やっぱり東の人だから鮪がお好きだつた由。最後に翁お見かけしたのは一月下旬の水戸芸術館での水戸室内楽小澤征爾の音楽会の開演前のロビーで長身の氏がこんなに小さくなられたか、と驚いたが入場後に小澤休演と知らされ怒り、落胆する客に会場側の不甲斐ない説明では収拾つかず先生がやおら立ち上がり「館長の吉田秀和です」と小澤征爾休演に至る経緯と釈明。そのとき吉田館長は正直言つて言はなくていゝことまで言及してしまひアタシも含め観衆ざわ/\と響めき生じたのも事実(一月二十日日剰こちら)。それがアタシにとつての最後の吉田秀和となつた。アタシにとつての最初の吉田秀和はご多分にもれずNHK FMの「名曲のたのしみ」(1971〜)なわけで『モーツァルトの手紙』(1974年)は編譯がその吉田秀和なのだとは知らずに読んでゐた。朝日新聞の「音楽展望」は加藤周一夕陽妄語」と並んでアタシにとつては大切なもの。お二人が死んぢゃって*1大江健三郎ではアトは襲へまひ。アタシの陋宅書室には「音楽展望」の2004年夏の休筆告げる号が掲げてあるのだが実は愛妻バルバラさんの死去で当時すでに卒壽迎へられた氏は、これでもう連載も終はるだらう、と思つて新聞記事はラミネート加工までしたのだつた。それが!見事に、それも青年のやうに復活され筆致は踊るやう、湛君が今日の好雪録(こちら)に書かれてゐる2007年冬の初台オペラシティでのクレーメルのヴァイオリンとツィメルマンのピアノ!でブラームスの第2番と第3番、フランクのヴァイオリンソナタで湛君が休憩で邂逅された翁の、その笑顔、この話はすぐさま湛君からメールもらつたのだが、その場にゐないアタシも吉田秀和のちょっと照れた笑顔をまるで見たかのやうに想像してしまふ。音楽展望では三、四年前の「ブランデルの引退」の一文を今、ふと思ひ出した。アタシにとつての問題は吉田秀和全集で廿一、廿二巻が揃はないこと*2かういふ素敵な先達が失せ、あとには橋下のやうな時代がやつてくると思ふと本当にぞっとするばかり。もう終はつてゐるの加茂しれぬがアタシらに出来ることは、そんな素敵な精神をば少しでも、もの言へば唇寒き時世ではどんなに嫌われやうと草臥れるまで言ひ続け世の中の邪魔をしてやることだけなのかしら。それじゃ、また明日。さようなら。
澳門の政府元高官の億の贈収賄で逮捕から三、四年だか経つた今になり香港の地産財閥・華置の「大劉」が贈賄で捜査線上にある件、今日の蘋果日報澳門行政長官(崔某)と大劉が昨日、時を同じくして北京に!と政財界癒着の特ダネで驚いたら、接点なくどうもたゞ同じ日に赴京してゐただけ(笑)。でも素敵な大騒ぎ。
土井隆義著『若者の気分 少年犯罪 <減少>のパラドクス』(岩波書店)についての書評(川端裕人、朝日・読書欄)

20世紀最後の数年、少年による凶悪犯罪が散発し「少年犯罪の増加!」と騒ぎになった。しかし長い目でみて減少傾向が明らかと分かると、世の論は少年犯罪の凶悪化、再犯の増加を問題にする方向に横滑りしていった。今ではどれも現実にそぐわないと分かっているが、2010年の内閣府調査では75%もの回答者が「重大な少年犯罪が増えている」とした。著者は丁寧に統計を検討し、誤解を解きほぐす。

▼井上芳保編・著『健康不安と過剰医療の時代』(長崎出版)についての書評(田中優子、同)
(法政大学教授・近世比較文化

日本で癌にかかる人の3.2%は放射線による診断被曝が原因と推定され、検査回数も調査した15カ国平均の1.8倍である。必要とされない多くの事例でCTが安易に使われているからだという。血圧が高い人に処方される降圧剤も、実は脳梗塞につながりやすい。(略)「メタボ」はじめありとあらゆるものに警告が発せられ、健康商品が大量に消費されている。本来は「ストレスに強い」ことを強要する社会の問題であるにもかかわらず、それは問題としないで医療に金を使わせる構造になっているのだ。本書は、そのような多くの事例が語られている。

吉田秀和全集(1) モーツァルト・ベートーヴェン

吉田秀和全集(1) モーツァルト・ベートーヴェン

*1:「亡くなる」ではなく「死ぬ」を使ふのは「名曲のたのしみ」のリスナーなら納得されるだらう。

*2:十巻までは揃ひの1975年(第二刷)で十一巻からは一巻ずつ買ひ揃へてきたが廿一、二巻品薄で絶版、古書でも一万数千円。それでも本当に垂涎なら大枚叩くが大変失礼だが存命のうちに出た全集は著者が他界されると晩年の著作や遺稿集などまとめ続刊なり別巻が出るはずで、そのときは全集揃い化粧箱入りなんて出たりするもの。(みすゞ書房と並んで再版の遅さでは定評の)白水社も著者訃報でやっと二版を出すのかしら。