富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

朝日新聞の主筆ヨイショ

fookpaktsuen2012-03-03

農暦二月十一日。昨日は茹だるやうな暑さが今日はまた寒空。知己のピアノの発表会あり尖沙咀の太空舘のホール。昼すぎZ嬢と尖沙咀のJimmy's Kitchenに昼を飰す。この食肆のオニオンスープは香港で一押し。野菜のカツレットとビーフストロガノフをZ嬢とシェア。AlkoomiのShiraz 08を二人で一本空けてしまひいゝ気分。赤ら顔でかなり久々に陳烘相機へ。ライカMのレンズ価格高騰に驚く。二年前の二倍くらゐ。何が起きたのか、と他の店も覗くが同様。あちこちから聞こえる普通話は大陸漢のカメラコレクターたちで彼らが買ひあさるのと香港でのミラーレス機の人気で交換レンズ需要の高まり。突然、50mm/f1.4が欲しくなつたが20カメラ円台では一寸……数年前まで10カメラ円くらゐだつた記憶。あの時に入手したのは尖東の新富山攝影器材だつたので散歩がてら出向いてみると永安広場はテナント募集になつてゐて行く途中の冠華中心にある新金馬攝影器材も何となく在庫を片付けてゐるやうに見えた。売上げ増より家賃なのだらう問題は。数年前に50mm/f1.4は、また欲しくなれば買へば良いと安易に手放したことを後悔。按摩して帰宅。蕎麦を茹で食す。NHKスペシャルで「原発事故100時間の記録」見る。
▼本夕、行政長官の貧官醜聞と行政長官選挙の黒箱作業に反対する市民デモあり。
NHKスペシャル原発事故100時間の記録」 浪江町双葉町から放射能の拡散する西北方向に避難を続けてゐた、といふ。「日本は安全」なんて昔いつてゐたが、さすが森喜朗的「神の国」で安全なんて神話で、問題は、何か事故が起きても仕方がない、ただ事故が起きた場合の危機管理で、それがこんなひどい国も珍しい。それでももしあの時に原発事故の実体が告げられてゐたら、メルトダウンが始まつてゐるとわかつてゐたら、世界的に賞賛されたあんな礼節のある避難や社会復興が出来てゐたのかだうか……あの地震直後の行為もすべて、もしかすると私らの心のどこかにある「安全」の神話に基づいてゐるの鴨。「安全」神話はかなり広義であつて、つまり「何か大惨事があつても復興できる」といふ、最後は復た安全に戻る、といふ観念。関東大震災でも敗戦でも事実、さうなつてきたから、なのだが核禍だけは違ふだらう。
▼朝日が一面トップで「北方領土決着へ意欲」とプーチン首相「勝利ではなく妥協を」と。日本が民主党政権で何ら外交努力も出来てゐないのに何かしら?、当然、大統領選挙前でのリップサーヴィス?、でも北方領土は票になるまひ……と思つたら何のことはない、大統領復帰前にプーチン首相が英タイムズ、仏ルモンド、伊リプブリカ等各国の主要紙を招き朝日からは青さが光る朝日の主筆の若宮君末席を汚し北方領土問題をば尋ねると話術巧みなプーチン首相は柔道で使ふ「引き分け」といふ日本語を持ち出し妥協点を見出し解決にもつていきたいと語つたさうで外交チャンネルに「はじめ」と号令をかけたい、と語つたといふ。具体的にだうの、かうの話ではなく、あくまでマスコミとの会食懇談の席での一般論。それを「北方領土決着へ意欲」は言ひ過ぎではないか、朝日新聞。朝日は2面では「領土 プーチン氏が口火」とするが、よく読むと北方領土問題などプーチンの口から出てをらず若宮君が「日本(との外交問題)をお忘れか?」(若宮君自身の書いた記事での表現……嗤)と質したらプーチンは「あなたは礼儀正しく振る舞った。領土問題の質問から始めなかった。もし私がこの問題に言及しなければ、私の方が失礼に当たるだろう」と言ひ北方領土の「はじめ」「引き分け」を語つてゐる。つまり当り障りなく懇談が続いたなかで若宮君が尋ねたから北方領土の話に答へたプーチン。それも若宮君を「あなたは礼儀正しく……」と「どーでもいいこと」まで記事にしてをり、結局のところプーチンからこれだけのことを若宮主筆がきちんと聞き出しました、でしかない記事。お粗末。