富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

石澳龍脊より十六夜月愛でる

陰暦八月十六日。朝、五粁走る。快晴で秋風。琥珀色のヴィクトリアハーバー。昼に自宅でラーメン茹で午睡。文藝春秋九月号詠む。芥川賞。相変はらず石原慎太郎の評が小気味好い。夕方、Z嬢と筲箕灣。毎年のことながら知己のメンバーで十六夜の月見。バスで石澳の半島の付け根。龍脊を香港トレイル逆行で歩き岬の尾根の上。水平線はかなりの雲だつたが雲の絶え間から見事な赤月。また雲に隠れてゆくのを愛でつ麦酒とS氏持参のジン。土地湾のバス停に下る。越華會に飰し二更のうちに帰宅。
海江田万里の手記(文藝春秋九月号)。菅丞相が突然の電話で原発再稼働につき「保安院の了承だけではダメだ。原子力安全委員会の了承をとってくれ」と言つたといふ。海江田君は電気事業法では原発が定期点検を終へて再稼働の了解を出すのは保安院と定めてゐるのだから保安院が了解すれば再稼働はできると考へるが菅丞相は「経産省に属する保安院は国民から信頼されていないから内閣府の安全委員会の了承が必要だ」と主張。再稼働路線でゐたのに法律を勝手にひつくり返す首相に唖然とし、これが大臣辞任を決意させた、といふ。菅丞相の勝手ぶり、確かに法律であるから「保安院の了解で」で良いのだが首相の判断は「保安院が決定的に原発利権の内にある」から客観的な判断など出来ない、安全委員会に委ねるといふ判断。確かに九州電力原発を置く市町村に電力不足回避のため再稼働求めてきた立場の海江田君にとつて菅丞相の急な脱原発と再稼働延期はたまつたものぢゃなかろうが菅丞相にとつては国家百年の計での脱原発であり保安院への絶望的不信感は菅丞相一人でなく国民全体の感覚。この点については首相の超法規的判断にアタシは異存は無い。
▼同じ文藝春秋九月号の「マニラ支店長の自決」(成田誠一)にも考へさせられた。三菱商事のマニラ支店長が昭和十九年の暮れに米軍の反撃を受けるフィリピンで「軍の指示で」山岳地帯に逃げ衰弱し終戦のわずか五日前に皆に迷惑はかけられぬ、と命を断つ話。書き手(成田)は「普通の市民がいかんともしがたい不条理に巻き込まれる、戦争」で支店長の自決は不条理であり、さらにこの自決を幇助させられた部下(この方は八十余年の人生を全うし遺品のなかからこの自決幇助についてのメモが見つかつた、といふ)の、この部下こそ究極の不条理にあつた、といふ。アタシはそれより戦時中の占領地で、いくら国策的事業に携わろうと一民間企業の商社支店長といふ民間人が敵軍の上陸近し、でなぜ山岳地帯に逃げなければならなかつたのか、それを促す自軍の判断、そしてそれに従うことこそ最大の不条理だと思ふ。広島、長崎の原爆投下や市街地の空襲など民間人が巻き添えになる戦争だが少なくともマニラで民間人が武器ももたず白旗を上げたら(当時の)米軍は殺害までしたかしら。サイパンや沖縄だつて同様*1。このマニラ支店長を殺したのは間接的には日本軍のはず。これが最大の不条理。

文藝春秋 2011年 09月号 [雑誌]

文藝春秋 2011年 09月号 [雑誌]

*1:岩波書店「世界」に連載された「非業の生者たち」に実情が詳しい。