富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

睡吧枝野!醒吧菅直人!

fookpaktsuen2011-04-08

四月八日(金)晴。朝、J−WAVEのジョン=カビラ氏の番組に電話でチョイ役参加。早晩にFCCのラウンジ。Z嬢来て軽く夕食。Z嬢と別れ尖沙咀。太空館。渋谷実監督の「本日休診」看る。もう何度目かしら。渋谷実のこの映画でのヒューマニズムを嗤ふこと勿れ。大震災のあとで見るとまた感じるところ多し。三雲医院の老先生役の柳永二郎が昔は客観的に見れてゐたがだん/\老先生の言動に自分を重ねてゐるアタシ。それにしても三国連太郎鶴田浩二淡島千景が若い、若い。久々にペニンスラホテルのバー。金曜晩の二更だといふのに客は誰もをらずアタシ一人で独酌のいゝ気分。ドライマティーニを緩くなる前に5分で飲み干し午後十時前には帰宅。岩波書店「世界」5月号、特別編集の「生きよう!」読む。それを読みながら寅彦の「天災と国防」だの芥川の大震災記など引用される古典が、手許のiPad青空文庫でさッと引けて全文が読めるのだから便利な時代。この雑誌で白眉は鶴見俊輔先生の「敗北力」、これに尽きる!
▼岩波の「世界」より。読者(西東京の定年間際の教員M先生からの)の石原慎太郎「天罰」批判は渋沢栄一の震災天譴論に対する芥川の有名な「誰が自ら省みれば足に疵なきものあらんや」で始まる震災論を挙げ「それに比べ同じ作家とはいえ、あまりに他者への想像力を欠いた無神経な発言で被災者に追い打ちをかけ傷つけ」た石原の「その人間性に何か異常なものを感じる」「なぜ(先ず)自らの我欲を洗い流さないのか」と指摘。御意。だが「このような人物を四たび首長の座につけるのかどうか、都民の見識が問われている」と結ぶが石原慎太郎を責めるより石原に勝てる人材がゐない現状の深刻さ。
▼同誌の大震災特集より覚え書き。

  1. 冒頭は大江健三郎先生の「私らは犠牲者に見つめられている」。いつもの大江先生らしい言ひ回し。Le Monde紙の取材に答えたもの(三月十七日付、盗み見はこちら)に加筆の由。相変はらず“Japon ambigu”に言及される。「曖昧」が「日本人という主体が、この国の現状と将来において、はっきりしたひとつの決定・選択をしていない、それを自分で猶予したままの状態」といふ指摘は正しいが結局のところ、戦後、大江先生自身がさういふ曖昧さの中にゐたことは事実で「曖昧なのは先生ご自身だ」とアタシは言ひたい。加藤「羊の歌」周一先生も同じ。“Dites-nous comment survivre à notre folie!”(我らの狂気を生き延びる道を教えよ)だのダンテの“ Et puis nous sortirons pour revoir les étoiles.”なんて諳んじてゐる間に石原慎太郎都知事四選。いくら高尚でも下品に負ければ負けは負け。下品な慎太郎の勝ちとなる。
  2. 同誌で寺島実郎は大震災を「近代主義者の覚悟」と捉へてゐる。現代の高速交通システムや超高層ビル原子力発電といつた「進歩と発展」享受する我々を「近代化を受容する近代主義者」とするのだが、はたしてさうかしら。荷風散人も近代主義者なのだが。アタシは産業技術の高度化と、いはゆる精神の「近代化」はアタシは別モノだと思ふ。防人として京に遣られる田舎人、逆に地方の行政官となる都びと、江戸時代の参勤交代と今日のビジネスでの新幹線網での移動はスピードが異なるだけで他に何ら変はらず。その交通手段的な発達だけで近代主義云々は一寸、と漠然と思つたが同紙でJean-Pierre Dupuyが(<近代>というテーゼ用ひず)

現代の世界に自らの力を思う存分に見せつける、傲慢な人間中心主義が、人類の冒険の継続をも脅かすようになっていることを、今日の我々は知っている。我々の暮らしは今や、将来の大惨事(カタストロフィ)の影に覆われており、こうした大惨事がシステムに組み込まれれば、人類の消滅をも引き起こしかねない。我々の責任は重大である。我々の身に起こるところの原因となっているのは、我々だけだからだ。

と的確に指摘。さう、近代主義ではなく「傲慢な人間中心主義」なのだ。
▼「賭王講日文勉勵災民奸爸爹」は澳門賭博老人家がHK$3.8mをば東日本災害復興に義捐。香港の隈丸総領事に「皆樣のご無事を心よりお祈り申し上げます。まずは取り急ぎ、お見舞いまで。がんばって下さい。」と日本語で。澳賭王が日本語で語るも稀。記事は「賭王早年曾經苦學日文」と多くを語らず。この「賭王早年曾經苦學日文」はつまり
Ho began clerical work at a Japanese-owned import-export firm in Macau. With his talents and command of four languages, he won the trust of his employers and quickly became a partner of the firm, at the age of 22. Ho made his first fortune smuggling luxury goods across the Chinese border from Macau during World War II, according to Joe Studwell's book "Asian Godfathers". In the same text there are very clear references that point to criminal activities directly related to cronysm and political manipulation. Stanley Ho collaborated with the Japanese during occupation in Hong Kong and also cooperated with the PRC Communists during the Cold War. An unnamed source also claims he was seated at the head of the ballrooms during official ceremonies in colonial Hong Kong, a fact that could be explained by his cooperation with the Japanese during the occupation. - http://en.wikipedia.org/wiki/Stanley_Ho
▼以經濟實力論,內地已躍升為世界第二大經濟體,在早前的國金危機中,更成為帶動全球復蘇的火車頭以至白武士,北京應對自己的輝煌成就與經濟實力、以至在國際政治上取得愈來愈大的話語權更有信心,從而更應展示出泱泱大國的風範,縱使真的有「外力」借故「尋釁滋事」,同樣須以更高的政治智慧、外交手腕來應對。(信報七日社説「中國邁向國際 須顯大國風範」)
▼Japan's nuclear disaster: Living with radiation | The Economist http://t.co/JkJyYrj via @theeconomist

世界 2011年 05月号 [雑誌]

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