富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

九月十六日(木)早晩に湾仔鵝頸橋のあたりからバスで九龍に渡らうと思つたら午後五時半なのに、もう帰宅ラッシュで来るバス、来るバス満員。もうどの路線でもいいや、と唯一乗れたのが沙田第一城行きの182系統で運賃HK$16だかは九龍に渡るだけだと割高だが致し方なし。九龍塘會からLancashire Rdを九龍城に向けて歩く。夕日に獅子山が見事。昨日は香島の沿岸高速道から獅子山の背後に獅子のやうな雲だつた。九龍塘のこのあたり学校が多く夕方がいかにも放課後っぽくて懐かしい風景。高級住宅地。かつては啓徳空港に着陸する飛行機がこの空を手の届きさうなところを飛んでゐた。散歩が楽しい。道路の向こうの坂下に九龍城の町が広がる。九龍城に入り葡萄酒商Château Mauriceに寄る。ご亭主と、店のURLだつたか、cuhkとあつたので尋ねたらやはり中文大学のOBの由。私も、と暫し談話。今晩は粤菜で、といつたら豪州のTapestryなる2004年のCab Sauv勧められ購ふ。どうしやうもない場末のパブで麦酒早飲みしてから食肆・城塞風味。バンコクY氏、Z嬢と会食。中秋間近でY氏にバンコクのシャングリラなる中華料理屋の月餅頂きアタシからは来る途中、九龍城侯王道の台湾食材店(皇上皇)で求めた「厚毅」の茘枝のゼリー菓子差し上げる。食後に金満堂でドリアンの甘味。見事な半月を愛でる。
李嘉誠先生が突然、HK$3億拠出して「香港仁 愛香港」基金なるもの設立。香港に広まる「仇富」(アンチ富豪)モードに先日の深圳での胡錦濤李嘉誠接見で左派元老の呉康民が苦言呈したほど。そのなかでこの慈善基金創設。呉老人は胡錦濤の過度な香港首富(李嘉誠)重視に、基金拠出でも仇富は解消されまひ、と。日曜日の明報で(書き人知らず)中国は「飲水不忘掘井人」でニクソン角栄など罪人となつても中国にとつての恩人を厚遇したやうに香港資産家でさうした中国への貢献でいへば筆頭は何といつても霍英東であらう、と。朝鮮戦争のさなか援朝の中国に英国領香港から支援物資を密輸で輸送に従事、その後は親中派の資本家として中国近代化に貢献。江沢民の頃に朝鮮戦争五十周年の祝賀会に香港から唯一招かれたのが霍英東だが今回、深圳特区成立三十周年で霍英東の名が一度として提されず。共産主義にとつて本来、資本家は敵であるはずが中共要人の香港資本家との会見で歴史に遺るは、とこの書き手が挙げたのは1982年11月20日に北京訪れた香港工商連合会の一行と会見した廖承志。廖承志は当時、香港澳門担当の中共中央委員(現在の港澳弁主任廖暉の父親)。早稲田を出た知日派としても著名な廖承志だが、この人がこの会見で述べたのが

我們對香港前途滿信心、尤其對香港工業界寄予很大希望。現在香港的經濟發展畸形、炒地皮太多、影響工業發展。香港高地價政策、炒地皮現象、希望改變一下。我們勸地產商朋友高抬貴手、轉去搞工業吧、多做振興工作。炒地皮暴發是短時間的、再過一段就不可能了。世上哪有這樣的、沒有。這種現象不合理、應該加以改變。這要靠香港人自已努力、靠各位工業界朋友起作用。靠投機的繁榮是靠不住的、不能持久……。炒樓、炒股、炒黃金這是旁門左道、不是正道。這種現象希望十五年之內逐漸有処改變、這很重要。

といふ内容。香港の土地投機の異常さ指摘し汗を流して働け、と。土地や株式などへの投機による繁栄は永遠に続かず、こうした現象は15年のうちに解消されるべき、と。それが今回、李嘉誠と会つた胡錦濤は不動産高騰や投機的開発などに一切言及もなく終始笑顔でいつたい何なのか、と。御意。
▼岡田外相の民主党幹事長就任。外相の一年もたたぬうちの交替に幹事長就任は「新しい政治文化をつくるためやむを得ない」(朝日新聞、社説)、さうかしら。誰が幹事長をやつても日本の政治なんて政党政治は所詮あのレベルなら外交力強化の方がずつと国益では? 最近、ちょっと低レベル化が気になる信報は一昨日だつたかの社説で菅相丞を取り上げ、菅自身は左派なのに親米路線をとるのか?と(この質疑は面白いが)答へは簡単で中国の勃興が日本で脅威になり対中政策の面からも以前より以上に米国の政治的、軍事的庇護から抜け出すことができず(さすがに経済的、はないか)中国にとっては対米政策のなかでいかに日本を親米路線から解き中国側に引き寄せるか、が中国の政治手腕問はれるところ、と。何だかもうこんな主張読んでゐると日本なんて二等国扱ひ。

富柏村サイト www.fookpaktsuen.com
富柏村写真画像 www.flickr.com/photos/48431806@N00/