富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

香港導遊狂罵大陸鴨仔團友

七月十八日(日)日曜だってのに朝から出仕事で九龍湾。晩に自宅で野菜澤山食してCh. Grand-Puy-Lacosteのセカンド、Lacoste Borieの04年いたヾく。気がついたら、もうBBC Proms開幕、で夏。昨晩から読んだ安原伸安原製作所回顧録」が兎に角面白い。とにかく著者が理系。事実重視で人生に余計な修飾がない。それでゐて自説への確信は下手な文系の妄想など比べものにならぬほど強い。例へば
1994年当時は、中国はまだ閉ざされた社会主義国という雰囲気で、日本から旅行に行く人も少なく、情報もあまりなかった。
……って誤解(笑)。1964年、なら通ぢようが1994年の上海でこれはないだらう。だが安原氏の目にそう映つたのだから、これでいゝのだ。クラシックカメラへの崇高さ幻想にも容赦ない。
曰く、最近のレンズは写りが良いが味気ない。昔のレンズは味がある写りをする。物は言いようで、「味」というものの多くは工業的に言えば「欠点」のことである。
と。機械式カメラ信仰も電子式を「電池が切れれば動かない」と批難するが、そんなものは言ひがかりで「すぐに電池を交換しろ」だ。金属カメラ信奉も金属の質感は良いとしつゝクラシックカメラでプラスチックが使はれてゐないのは当時のプラスチックの質の問題や使ふ技術がなかつた、と言はれてしまふと、その通り。著者はもと/\京セラの技術者だが「チタン製のコンタックスT2」もボスニア紛争取材してゐたカメラマンが戦場で大破したT2持ち込んだのが「銃弾を防いでカメラマンが命拾いした」神話となつたが著者はT2の表面がチタンの薄板で覆はれてゐるだけで構造材はプラスチック、T2を貫通できないようなションベン弾を発射する銃があるのならそちらの方が値打ちがある、と。可笑しい。実際に安原氏製造の「一式」のレンジファインダー機は史上初のネットでの予約制で内金五千円納めて完成と販売を待つ形となつたが一式を手元に届く前に亡くなつた客が数名をり「できるだけ早くください」と販売価格(5.5万円)に5千円上乗せして現金書留送つてきた客がゐて訝しいので業務終了後に電話してみると相手は92歳の高齢。電話に出たその息子氏に著者は手紙を認ため予約注文がまだ数千台あり「あくまで予約順」に徹するので老齢でも例外は認めない、とこのコンプライアンス!の姿勢。二年後に製品が届けられる時にはこの方はすでに他界してをり6万円を返金する著者。この断固たる姿勢が最初は奇人に思へるがだん/\と聖人に思へてくるから不思議。あきらかに原平さんと思はれる金属カメラ好き有名人への批難も葉に衣を着せぬから。カメラ業界のドイツ信仰だつて昔のドイツのカメラ工場で銀髪の職人が手にヤスリを持ち部品加工してゐる写真を見て「さすがドイツだ」とため息つくが同じことを中国人がやつてゐれば「もっとちゃんとした設備でやれ」と容赦ないだらう、と。御意。すべてがこの安原式思考で、この本は単なる個人経営のカメラメーカーの回顧録でなく思想書のやう。 
▼アタシが初めての海外旅行で香港に来た、確か二十歳の時だつたが、よくある商店街の福引きの「香港三泊四日の旅」で当選者が急きょ参加できなくなり、それがアタシに回つてきたのだがあたしは香港に到着してから観光ツアーに参加せず単独行動で、今になつて思へばトラムで中環から銅鑼湾に往つたり油麻地を歩くだけでスリリング感じてゐたのが沢木耕太郎的に可愛いものだが、離港する日だけはさすがに朝からツアーバスに乗らざるを得ず(今になつて思ふと尖東であらう)日本料理屋で朝食のあと尖沙咀のキムバリーロード界隈の日本人ツアー専門の土産物屋に連行されアタシは連日の夜遊びで疲労困憊で観光バスのなかで寝てゐようとしたら観光ガイドが飛んできて「こゝだけはお願いだから店に入るだけ入つてくれ」と懇願され、どうもアタシがバスに残つてゐるだけでガイドには「迷惑がかゝる」らしくアタシが店に入るとドアが施錠され三十分ほど買い物の時間に閉口。みんな市場価格よりずっと高い「特別割引」の萬金油やクロスのボールペン、プラスチックのやうな翡翠製品など買つてゐたもの。そのあと紅磡にさうしたツアー客専用の土産物屋は移り貴金属専門などからアウトレット系など流行つたりもしたが客は日本人や韓国人から大陸漢へと変はり超破格値のツアーであればあるほど香港のインバウンド=受入れ側代理店は土産物屋からのバックマージンが収入源になるから客に指定店で買い物させることに躍起になるのは当然だらう。だがそれが破格値も「零團費」つまり旅費無料なんてツアーになると買い物が強要されるのは当然か。更に「負團費」といふ「旅行に参加するとお小遣いつき」なんてTANSTAAFL~!すぎる。で何が起きるか、といふとツアーガイドによる観光客への威嚇なわけで、そのガイドが旅客罵倒する映像がネットに出て話題となる。日本人相手の香港観光業界の悪質ぶりは1997年頃だつたか毎日新聞が1面トップで大袈裟に「香港のホテル料金、日本人割高の特別料金制発覚」とかスッパ抜いて「それがトップ記事か」と嗤はれたりもしたが、今回の悪質ぶりがツアーガイドが「ひどい香港人」か、といへば実はこのガイドは大陸出身の新移民。その本来の同胞が同胞に“There ain't no such thing as a free lunch”を威嚇するわけだから。たヾ一寸不思議なのは普通の大陸客だつたらこんな罵声を浴び続けたら罵り返しさうな気がするが黙つて罵声に耐へるのが妙なところ。やらせかしら? 大陸ではこの「香港の悪質ツアーガイドと買い物強制」がテレビなどで盛んに報道され香港の旅行業界ではガイドの再教育や客対応是正といふ声もあがるが……。