富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2010-03-30

三月卅日(火)曇。早晩に湾仔皇后大道東の合興に魚蛋河を食す。コンビニで麦酒立ち飲み。パブに入れば同じ麦酒が最低でも五倍くらゐの価格に化けると思ふと日本の酒屋の立ち飲みがコンビニのこれ。日本ではコンビニでのアルコール販売緩和されつゝあるが制限あり。香港は飲食店のアルコール販売に英国的規制がまだ残るがコンビニは勝手。藝術中心。香港映画祭で“The Most Dangerous Man in America”見る。客席にはいかにも「米国のリベラルなインテリ」の客少なからず。監督の一人、Judith Ehrlich監督の挨拶あり。米国で越南戦争終結ニクソン政権退陣に多大なる影響起こした所謂Pentagon Papers(こちら)曝露のDaniel Ellsberg氏(インタビュー)のドキュメント。Ellsberg氏が今もつて米国のイラク征伐反対でデモの陣頭に立つてゐるとは。米国のせめてもの良心。終はつて急いで九龍に渡り科学館。Z嬢と松岡環の「南京・引き裂かれた記憶」見る。開園前に列に並ぶと後方に「非常高興!、非常高興!」となんだか文革世代つぽいヲバサンがゐるなぁと思つたら松岡女史ご本人。南京大虐殺の加害事実と向き合ふことは大切。加害者側の鬼畜のやうな兵隊と命失ふか強姦されるか、の瀬戸際にあつた被害者の双方を取材し揚子江の同じ川岸に同日同時刻両者がどういふ立場で対峙し何が起きたか、を両者とも高齢になり生存者も減るなかで聞き取りは大変重要。しかも20年を費やし、その証言者の数が双方とも数百人で制作者が南京を訪れること60回……と聴くとその仕事の重要性に圧倒される……が、このドキュメンタリーで首を傾げざるを得ぬのは松岡環なる制作者の非常高興ぶり。同じやうに南京大虐殺の検証に取り組む小野賢二が(孫引きになるが)松岡らについて「むしろ有頂天になつてゐる。まさしく、元兵士は松岡氏らの自己表現の一つの道具でしかなかつたのかもしれない」と指摘してゐる由。南京での取材はまだ通訳が入るぶん被害者の証言は素直に聞けるが日本での八十の高齢の耄碌した老兵への聞き取りは松岡の「また戦争の話を聞きに来たよ〜」「で、やつぱりあれでしよ、オンナ欲しかったからやっちやったんだ」といつたやうな大阪のオバチャンの呷りに乗つて老兵が話す内容は鬼畜ぶりも凄いが何処までそれを真相にできるのか、この仕事が右翼ばかりか南京大虐殺肯定する側からも疑問視されるのも納得。それにしても支那戦に貧困な田舎からかり出された若い兵隊たちには何ら教育もされず「殺すか殺されるか」で戦地では投降する捕虜に与へる食料など惜しいから、降参して南京から逃げる兵士もまた襲つてくるから、と殺してしまひ「何ヶ月も女な子を抱いてゐない男だから」と手当たり次第に強姦し……の兵隊がゐたのだから。兵隊も鬼畜だがそもそも明治の対清、対露戦に比べ泥沼化必死のこの中国侵掠をした大日本帝国軍政府の判断の稚拙さ。そして陶傑さんあたりが指摘することだが南京で民國軍が日本軍の侵攻に何故に城市の門を開き敵前逃亡すらあつたのか、これはこの映画でも双方が南京城市から市民を押しのけるやうに脱出し揚子江を船で逃げようとする民國軍の態を語つてゐるが、これも国軍としては稚拙。
▼休日に共産党機関紙配つたことが国家公務法違反の罪が問はれた裁判で東京高裁が有罪とした一審判決破毀し逆転無罪。このやうな行為にまで同法の罰則規定を適用するのは国家公務員の政治活動に制限を超えた制約を加へることになり表現の自由を保障した憲法に反する」と中山隆夫裁判長。御意。だが最高裁では高裁のこの判決を尊重しつゝ「それでも国家公務員の政治活動は……」で玉虫色かしら。いづれにせよこの罪を問はれた社会保険庁(当時)の職員の赤旗配賦に「大量の捜査員を投入し長期間尾行しビデオに撮るなど、異様さが際立つた」(朝日社説)のが警察の捜査で、たかだか小役人のかうした政治活動など取り締まるヒマがあつて警察庁長官銃撃事件がなぜ時効になつてしまふのか。産経新聞は高裁が冷戦収束や国民の法や公務に対する意識の変化など挙げたことに「だが、いまなお、日本の周辺は中国の軍拡や北朝鮮の核開発など新たな脅威も生まれている」と的外れな指摘。

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