富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2009-06-05

六月五日(金)早晩に銅鑼湾で理髪済ませ尖沙咀。Delaney'sでギネス麦酒二杯。暑さ蒸し食欲もなし。香港文化中心で「京劇老戯新唱」と題した京劇公演あり参観。京劇の老生では当世第一人者の李寶春が「江南第一名丑」と誉れ高き孫正陽と「烏盆記」を通しで演ずる、といふ贅沢な舞台、にしては客の入りが「えっ?」と思ふほど散漫。李寶春が九十年代後半から率ゐる台北新劇團は謂はば歌舞伎なら澤瀉屋のやうな新演出で、それが香港の老客らに受入れられぬのか孫正陽招聘とはいへ台北を軸に活動する李寶春であり台北新劇團の公演とあつては中共側には面白くないか(嗤)。事実、台湾系の観客かなり目立つ。客席で殊更、品の良い刀自と眼をやれば香港中文大学で一年ほど北京語習つた際のL先生、邂逅でもう十八、九年ぶり。李寶春は今年の二月に進念二十面體主宰する榮念曽(Danny Yung)による「録鬼簿」なる舞踏あり寶春さんが今晩の烏盆記から霊となつた劉世昌の踊りを見せて、以来。何より「烏盆記」の通しは嬉しい。で幕開けは「梵王宮」より「掛畫」の一幕もの。嫁娘が新房に画を掛ける、といふちょいとアクロバティックさが面白い程度で、澤瀉屋の亀さんが独楽を見立てて踊るやうな、それ以上のそれ以下でもないもの。で「烏盆記」(奇冤報)は第二幕の「鬼路」で冥土に迷ふ劉世昌(寶春)に纏ふ小鬼たち、は西洋劇の道化の如き化粧で、それが奇を衒うのでなく、まぁ軽業の見事さは驚くばかり。その荒技に呼吸も乱さず静かな場面に入られる器量。李寶春の台北新劇團の想像以上の水準の高さ。で烏盆を通じ現世に戻つた劉世昌と出会ふ張別古の役が孫正陽。七十代後半だらう、が溌剌とした丑角ぶり。道化役=丑角がここまで洗練されるかしら。孫正陽は歌舞伎ならさしづめ富十郎(先日、その天王寺屋の傘寿祝賀の「矢車会」での勧進帳の弁慶がそりゃ良かつた、と湛君から聞く。ブラック師匠は当日、満席で見られなかつた由)。李寶春といふ名老生、父・李少春ゆずりの器量、芝居の良さに加へ歌唱の格別の上手さ。張別古に、そして裁きの法官相手に語る因果な物語の歌ひつぷりがそりゃお見事。歌舞伎なら当世仁左衛門澤瀉屋のような演出にも多少興味もつやうなもの。スタンス的には勘三郎か、といふ気もするが寶春には中村屋のやうな「やってみて差し上げますからご覧ください」の「くどさ」がないから。いやはや何とも素敵な舞台を見せていたゞきました。十六夜の月を愛でる。
▼李寶春が文革で痛めつけられし父・少春を回顧する「我的父親李少春」はぜひ一読あれ。
▼昨日の信報、林行止専欄が「往之不諫變生不測 來者可追為後人謀」と題し香港に六四の歴史資料館開設を、と提言。将来に歴史の評価託すにも資料等の収集と分析には香港ほどの好立地はなし、と。香港政府前環境食物局長の任關佩英(Lily Yam)女史が追悼集会に一市民として参加と聞く。FT紙によれば昨日、北京天安門広場に鳩ふ観光客或いは市民の7割は実は軍人、公安や政府関係者の由。

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