富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2008-10-22

十月廿二日(水)晴。信報はこの新聞が香港にある限りアタシは「香港も棄てたもんぢやない」と思ふほど愛読紙でアジアでは最も教養として優れた新聞媒体であると思ふ。何よりも香港第一健筆と讃へられる創刊者で社主・林行止氏あつてのものだが、もう15年以上も毎日この林行止の「専欄」の連載読んでゐて今日ほどこの冷静なエコノミストの筆が憤慨してゐるのは初めて。題して「以人民血汗錢補貼投機虧蝕」。
十月十三日に陳焱(という書き手)が本紙「財經DNA」に『「放生」銀行責在金管局』の一文を寄せ「レストランでなか/\料理を供されぬ客がマネージャー呼んで叱るとマネージャーが「本当にうちの店のサービスは問題があるんですよ。この店のサービスを改善しろ、と……本当にお客様の仰る通りで」と宣ふやうな」と、さういふマネージャーの名前が任志剛(香港金融管理局総裁)だ、と罵つたが、筆者(林行止)いま思うのは、このマネージャーの名前は范鴻齡(中信泰富のGM)であり裏でこのマネージャーを操るレストランの経営者が栄智健なのだ。
と語り始め問題点をいくつか指摘する。先づ、九月七日に社内でその為替損が発覚し事実公表の十月二十日迄に株価操作などインサイダー取引などの有無。二つ目として中信泰富の現時点の株価総額を上回る損失を計上した博打のやうな投資がコンプライアンスに抵触するもので、これは単に社内での停職や減給といつた処分では済まされず司法の裁定に委ねるべきもの、と指摘。そして三つ目として、
栄智健は出自は所謂「赤い資本家」で中信集団は国家の背景があらうと中信泰富は充分に私企業であり、アジア通貨危機でも中央がUS$十数億の補填した前科に加へ、私人企業の投資の失敗と破綻に「人民的血汗銭」がどうして用ゐられようか。また、企業経営の透明度とコーポレートガバナンス、法の整備と法治などが香港のビジネス中心地としての価値だと思へば、中信泰富の社主が「社内でのかうしたハイリスクの巨額投資の実体を掌握してをりませんでした」では、それも危ふいものにならう。
……と。御意。栄智健はすでに北京にて中信集団並びに中信泰富からの引責辞任を伝へ、中信泰富には北京より高層職が遣られ事態掌握と収拾の由。北京中央に投資会社経営のノウハウがないが為に中信香港が子会社でありながら実質的に本社への指導的立場にあり中信泰富は栄家が有利活かし国家資本を元手に私企業経営といふ特権的立場にあつたものが中信集団創設から三十年で立場逆転とは感慨深いものあり。早晩にペニンスラホテルのバー。ドライマティーニ二杯。香港文化中心でZ嬢と待ち合はせ。いま評判のアンジェラ=ヒューイットがバッハの平均律を弾くピアノ独奏会。今晩はBook Iの当然、全曲。コンサートホールの入り口で先ほどまでペニのバーですぐ2つ隣にお坐りのお洒落な御仁とばったり。「なんだ、あなたもこれでしたか」とご会釈。昨年の8月のオスロ皮切りに世界中でバッハの平均律を弾き続けてもう七、八十公演目かしら。諸国巡業の白拍子の如し。4月に東京はオペラシティでの演奏を母が聞き数日後がマカオだつたが聞き逃し香港にも必ず来るかと思つたが、それがやうやく今回。母からこの評判の平均律のCD(サイン入り)を譲り受け聴いてはゐたので「どういつた演奏か」はわかつてゐたがバッハといへば高橋悠治とグレン=グールドが好みのアタシには「まるで目黒の喫茶ウエストで流れてゐるのがお似合ひな」この人の平均律は鳥渡、好みではない。バッハについて井上直幸だつたかバレンボイムだつたか失念したが、いやアンナー=ビルスマだらう(きつと)、バッハの音楽といふのは、当時は現代に比べ死や死に至らうとする病ひがすぐ近くに、家のなかにあつた時代で、常にいつ死ぬかといふ刹那があり、教会といふのもさういふ寿命の短い社会での教会の存在も意味が深く、そこで神と人間とを結ぶ一つの光、糸がバッハの音楽であつて……てなコトだつたが、さういふ意味ではアンジェラさんのバッハは、良く言へばさういふ切実さを達観し越えた先の優しさ、悪く言へばお嬢さんの弾く美しい音色で、さういふ意味ではアタシにはこれが「目黒の喫茶ウエストで流れてゐるのがお似合ひ」と聞こえたもの。東京ではかなりの評判のアンジェラさんだが「ピアニストといへばランランとユンディ=リー」しか存在しない、世界中でソリストと言へばこの二人とヨーヨー=マの三人しかゐないのが香港。だから今晩も平土間で8割、欄干は2割程の入り。ピアノの静かなソロだつてのに香港でもデリカシーに欠けることでは評価?高い文化中心であるから冷房の強風がゴーゴーと耳障りで、聴衆といへば5人に1人が平均律の楽譜持参。バカぢやないだらうか、つて正真正銘のバカである。楽譜との擦り合はせならCDでも聞きながら家で、やれつ!。これ見よがしに(自分が平均律が弾ける、と見せたいのか)楽譜に目を落とし、小曲が終はる毎に頁めくる音のこれが五月蝿いこと。しかも不運にもアタシの前列のヲバサン、ピアノ教師らしいが、鉛筆で楽譜にアンジェラさんの演奏の音の強弱を鉛筆で書き込む(なんて馬鹿/\しひ作業かしら)、その音がシヤカシヤカと、こんなデリカシーのない輩がバッハを弾くとは愚の骨頂。呆れることばかり。12番まで終はつた中入りで職員を「冷房の音が邪魔で演奏が聞けたもんぢやないぞよ!」と恐喝し後半は冷房の音がなくなつたのはありがたかつたが、今度はそのぶん観客が楽譜めくる音が余計に目立つ(嗤)。知己の香港人A君が「香港は観客のマナーもホールも悪いから、どうせ不愉快な思ひするだけなので映画や音楽は一切、聴きに行つたり見たりしない」と決めちまつてゐること、ふと思ひ出す。一理有り。いづれにせよアタシは昨晩の三人のピアノ奏者との感銘がまだ余韻あり、それから抜け切れてをらず。

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