富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2008-09-06

九月六日(土)曇。昼に驟雨あり。寝室洗面所の換気扇毀れ取り換へ。動かなくなればテスターで電気は間違ひなく流れてゐるか、接触はだうかしら、と調べ換気扇ぢたいの故障と確認して代替品購ひ自ら取り換へ……と香港に住んで多少の水電工程は業者に頼らず済ますやうになりぬ。昼にZ嬢と湾仔の伊太利料理 Al Dente に食す。従業員は厨房も含めネパール人ばかり。親切で陽気。ネパール語の響きはどこか東欧にも通じるところあり洋食屋にて耳障りにならぬ。香港芸術中心で夏の映画祭の市川崑監督特集で1955年の日活映画『こころ』見る。漱石の原作にかなり忠実だが、あの小説が映像化されると崇高な「はず」ものがバタ臭さあり。「先生」役は森雅之。さすがに40代での大学生役は、鳥渡。「梶」役の三橋達也が魅惑的。音楽がうるさいのは市川崑の当時の特徴と言つて良いのかしら。二人が夏の避暑から戻つたあたりでZ嬢残して途中で小屋を出て西湾河に急ぐ。香港電影中心にて「日本電影新浪潮」と題して戦後のニューウェーブ映画特集。中平康増村保造大島渚篠田正浩新藤兼人今村昌平吉田喜重浦山桐郎勅使河原宏鈴木清順の二十数本を今月三週間で一挙に上映、と大した企画。昨日の信報に「在日本社會的浪尖迴響」とこの戦後ニューウェーブ映画特集に関する優れた評論があったが(小偉といふ書き手)折角の特集なのに上映が各作品たッた一回といふのがまことに残念、と指摘ある通り。大島渚の『愛と希望の街』見る。今更その筋を語る必要もなく川崎の駅前で少年(正夫)が鳩を売る場面から鳩が京子の兄(渡辺文雄)に猟銃で撃たれる有名な結末まで、もう何度か見た映画だがやッぱり面白い。明治の帝大出の知識人のプラトニックな愛と苦悩描く漱石の「こころ」よりアタシはやッぱり素直に戦後の貧しさに基因する不条理を描いた後者の方が語る必要性を感じて評価する。主人公の正夫役の藤川弘志は出演映画は生涯この一本だけだが改めて見てゐて台湾の作家・白先勇(の若い頃)にそッくりなのに驚く。この作品が「面白い」と言へば、映画を観てゐて思つたが、加齢臭充満の今日の観衆、隣席の婆アがこれが時々笑ふ。この社会派映画で、だ。可笑しい場面ぢゃなくても香港の観衆がよく笑ふ、これがアタシにも今だに解せない彼らの習性なのだが、ふと今日思つたのは、あの笑ひはアタシとは明らかにOSが違ふが、「可笑しい」のではなく、例へば悲愴な場面も含め「期待してゐた展開」になった時の「待ッてましたッ〜!」であるとか悲哀が「そんなバカな……」と同情した時にもう笑ふしかないやうな心のやり場の無さ、であるとか、どうやらさういふ時に彼らは笑ふらしい。この大島作品は香港でいへばRTHKの社会派テレビドラマの「獅子山之下」。貧しい時代だったが人々の心は美しかッた、と。続いて本日三本目は増村保造監督の『からっ風野郎』。これは今日の三本の中で唯一初見の作品。三島由紀夫主演のこのヤクザ映画を香港で見られるとは。噂には聞いてゐたがマッチョのやうで貧弱な体躯の三島の下手だが実に楽しさうな演技ぶり。船越英二がその後の芸風からは想像できぬ、あんなニヒルインテリヤクザ兼トルコ風呂の支配人役。脇を固める役者がみんな上手いから余計、三島が浮くのはご愛嬌。老ヤクザ役の志村喬も良いが何といっても主人公を狙ふ殺し屋「ゼンソクの政」役の神山繁の性格俳優ぶり、が絶妙。三島の出演映画はこれも「憂国」も、何よりも日本青年の生人形役で出演の「黒蜥蝪」も言ひ包めればファンタジーといふジャンルなのだらう。香港でこんな邦画三昧終はつて中環に急ぎ東京より来港中の旧友Y君と再会。Y君は1996年まで某銀行の駐在員で在港の人。鏞記。珍しくフカヒレ、鮑なんて食す。葡萄酒はPouilly-Fuisséの07年。アタシの周りにはこんな人ばかりだがY君もスターアライアンスのゴールド?の会員権獲得のため年間50フライト搭乗に「修業」が必要となり三月だかに一泊二日で羽田-福岡-対馬-福岡-福江-福岡(泊)-伊丹-羽田だったかで回数稼ぎの由。社用の出張ならまだしも個人となると国内線で回数稼ぐには年間50万円くらゐ最低必要なのだらうが「大学生になつた息子の授業料とかに比べたら安いのかね」と話してゐたがよく/\考へてみれば小学生の年間の進学塾の費用程度なの鴨。
▼FT紙の週末版の看板連載となったTyler Brûlé氏のThe Fast Laneを読んでゐて思ふのだが、これつて21世紀の今の最先端のトレンドなのだらうが(少なくても本人や周囲はさう信じてゐる)田中康夫氏が東京ペログリ日記で1980年代から、すでにTyler Brûlé氏が今、関心をもつ東京なんて先取りしてゐたわけで、書かれてゐる事象はほぼ全て同じなのだが何が違ふか、といへばTyler Brûlé氏のそれには残念ながら「批評精神」に欠けること。

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