富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2008-08-12

八月十二日(火)泄瀉感やうやく治まる。数日愚図ついた天気が昼前より晴れる。今日の信報の文化欄に周凡夫さんが北京奥運に合はせ「不應忘記的歷史 奧運得獎作《台灣舞曲》及江文也」といふ長文を寄せてゐる。周凡天さんは1982年に北京で江文也に、つまり江文也が亡くなる一年前に面会してをり、それだけでも貴重な音楽資料なのだが記述に重大な誤解あり。「忘れれてはならない歴史 オリンピックで受賞の「台湾舞曲」と江文也」といふ題の通り
管弦樂曲《台灣舞曲》一九三四年在東京完成,是江的成名作,樂曲於一九三六年參加在徳國柏林舉行的第十一屆奧林匹克運動會國際音樂創作比賽的銀牌獎,成為首位在奧運藝文比賽中獲獎的中國人。
と紹介。台湾生まれの作曲家江文也(1910〜83)の東京、北京と遂に故郷に戻ることなき客旅の数奇な運命は、井田敏「まぼろしの五線譜―江文也といふ「日本人」」といふ本が10年近く前に白水社より上梓され日本でもクローズアップされたもの(2004年には侯孝賢が映画「珈琲時光」で江文也を取り上げ日本に残された妻と娘が出演もあり)。ただ「まぼろしの五線譜」に紹介された、この1936年のベルリン五輪に合はせた作曲コンテストの「入賞」は当時も新聞の誤報。誤解もあるはずで江文也のもらつた参加賞のメダルが銅製で、これが銅=3位と思はれたらしく、「まぼろし」の著者に江文也の物語を話し著者(井田)がこの本を上梓するきつかけとなつた人(この方も大きな誤解)による記述もあり(こちら)。白水社はこの誤記に基づきこの本を絶版(まさにこの書籍ぢたひが「まぼろし」に)は当時、出版界でちよつと話題に。いづれにせよ、この受賞の有無にかかはらず江文也の作曲家としての功績はなんら変はらぬ。それにしても周凡天さんがどうしてこの受賞について、しかもさらにアップグレードして「銀」賞としてしまつたのか、が気になるところ。それもこの記事じたい北京五輪に合はせ「オリンピックで受賞の「台湾舞曲」と江文也」としてしまつたのだから。最晩年の江文也を尋ねた周さんが妻か誰かから聞いたのか、当然、周さんの手許には台湾舞曲のLPなど江文也作品や資料があるわけで、そこに「銀」と誤記があつたのか、と思つたが(中国のWikipediaの)百度百科で江文也の項に「1936年第十一届奥林匹克国际音乐比赛中获银奖」とあり、これか、といふ気も……。あまりの暑さに昼伏夜行。自宅で夕食済ませ独り旺角のUA Langham映画館でブラジル映画“Tropa de Elite”(Elite Squad、精鋭暴隊)観る。一昨日より夏の映画祭開催中(古典は市川昆特集)。ベタな表現だが望みも出口もなき貧困のなかで人の生きる底力のやうなものを見せる現代のゾラ的なブラジル映画は好きで、ジョゼ・パジーリャ監督のこの映画は今年のベルリン国際映画祭で金獅子賞を受賞。贈賄や麻薬団との癒着など腐り切つた市警察、エリートや出世できない生真面目や下町仕切る小悪のそんな市警の警官らが市警の誇る精鋭部隊に加はり地獄の訓練を経てリオ=デ=ジャネイロの貧民窟を舞台に羅馬法王の来臨に向け治安維持、と書くとそれまでだが心理描写も見事な社会派。一瞬、警察の残忍さを美化してゐるやうに見えるが、麻薬密売に手を染める貧民窟の住人らがけして根つからの悪人でなく寧ろ官憲側に暴力があることは誰が見ても確かで、何よりも、市警での勤務の傍ら大学でも法学を学び末は裁判官か弁護士を目ざす若い警官(André Ramiroが好演)が、ゼミではフーコーの「監獄の誕生」を資料に論じてゐるのが、いつたいどうやつて悪人は殺して当然の超法規的で残虐な精鋭部隊の隊員と化してゆくか、を面白く描写。まさにフーコー的な<狂気>の誕生。

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富柏村写真画像 http://www.flickr.com/photos/48431806@N00/

まぼろしの五線譜―江文也という「日本人」

まぼろしの五線譜―江文也という「日本人」